「朱権」の版間の差分
表示
削除された内容 追加された内容
編集の要約なし |
編集の要約なし |
||
30行目: | 30行目: | ||
{{DEFAULTSORT:しゆけん}} |
{{DEFAULTSORT:しゆけん}} |
||
[[Category:明の皇族|けん]] |
[[Category:明の皇族|けん]] |
||
[[Category:中国の著作家]] |
|||
[[Category:1378年生]] |
[[Category:1378年生]] |
||
[[Category:1448年没]] |
[[Category:1448年没]] |
2014年5月2日 (金) 12:21時点における版
朱権(しゅけん、1378年 - 1448年)は、明の皇族。初代皇帝・朱元璋(洪武帝)の十七男。母は楊妃。第3代皇帝・永楽帝の異母弟。
1391年に父から寧王に封じられる。1393年に封国大寧に任命された。朱元璋没後、建文帝のもとで藩王削減政策が行なわれると、朱権は8万の兵力を保持していたことから警戒された。このため、斉泰や黄子澄らは朱権を応天府(南京)に召還しようとしたが、朱権は拒否した。このため、建文帝によって王位を剥奪された。
永楽帝時代は南昌に移された。これは事実上の左遷であり、洪熙帝に改封を求めたが逆に怒りを買ったという。1448年に死去した。享年71。
文化人として著作・編纂が多く、著に『通鑑博論』がある。
家族
妻
- 張氏
子
- 庄恵太子 朱盘烒(寧恵王)
- 不詳(夭折)
- 臨川康僖王 朱盘烨
- 宜春安簡王 朱盘烑
- 新昌安僖王 朱盘炷
- 信豊悼恵王 朱盘㷬
参考文献
- 『明史』列伝第五 諸王二