コンテンツにスキップ

「キャシー・フリーマン」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
m typo
124行目: 124行目:


==外部リンク==
==外部リンク==
{{Commons_category|Cathy_Freeman}}
*[http://www.cathyfreeman.com.au 公式ホームページ]
*[http://www.cathyfreeman.com.au 公式ホームページ]
* {{SportsReference|fr/cathy-freeman-1}}
* {{SportsReference|fr/cathy-freeman-1}}

2015年12月21日 (月) 18:28時点における版

キャシー・フリーマン

キャシー・フリーマンCathy Freeman, フルネーム:Catherine Astrid Salome Freeman, 1973年2月16日 - )は、オーストラリアクイーンズランド州生まれの女性の元陸上競技選手400mを専門とした選手である。彼女はオーストラリア先住民アボリジニ[1]で、バハーイー教を信仰している。

人物

オリンピック
陸上競技
2000 シドニー 400m
1996 アトランタ 400m

フリーマンは400mで1997年1999年の2つの世界選手権を制し、アトランタオリンピックではフランスのM・J・ペレクに次いでフィニッシュし、銀メダルを獲得した。

2000年9月25日、彼女はシドニーオリンピックの400mで金メダルを獲得し、そのメダルはオーストラリアで100番目の金メダルとされた。また、彼女は開会式では聖火をともした。同じ一大会で聖火をともし、金メダルを獲得したのは彼女だけである。この活躍を評価され、彼女は2001年5月に第2回「ローレウス・スポーツ賞」の「最優秀女子選手賞」(Sportswoman of the Year)を受賞した。

金メダルを獲得した後のトラック一周の際に、アボリジニの旗とオーストラリアの国旗の2つに身を包んだが、これが当時のオーストラリアで議論を呼んだ(通例トラック一周は、自分の所属する国の旗を持つものであるため)。

2003年7月15日、彼女は引退を発表した。

主な成績

大会名 場所 順位 種目
1990 世界ジュニア選手権 プロヴディフ 5位 4x100mリレー
1990 世界ジュニア選手権 プロヴディフ 5位 200m
1992 バルセロナオリンピック バルセロナ 7位 4x400mリレー
1992 世界ジュニア選手権 ソウル 6位 4x400mリレー
1992 世界ジュニア選手権 ソウル 2位 200m
1995 世界陸上 イェーテボリ 4位 400m
1995 世界陸上 イェーテボリ 3位 4x400mリレー
1996 アトランタオリンピック アトランタ 2位 400m
1997 世界陸上 アテネ 1位 400 m
1999 世界陸上 セビリア 1st 400m
1999 世界陸上 セビリア 6th 4x100mリレー
1999 世界室内陸上 前橋 2位 400m
2000 シドニーオリンピック シドニー 1位 400m
2000 シドニーオリンピック シドニー 7位 200m
2000 シドニーオリンピック シドニー 5位 4x400mリレー

自己ベスト

脚注

  1. ^ 白人とアボリジニの混血で、父は単に強姦した白人で、隔離政策によって母親から引き離され、実母が誰かも知らないという(高山正之『白い人が仕掛けた黒い罠』)

外部リンク