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「キリスト集会」の版間の差分

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*理想的には、様々な教会内の問題が牧師一人に集中してしまうことがないため、相互牧会を行なうのに適しているが、中心的な長老の聖書理解や判断が暗黙のうちに絶対化され、それ以外の聖書解釈や判断が黙殺される傾向が強い。社会主義の現実と同様な集団形態に陥る危険性もある。
*理想的には、様々な教会内の問題が牧師一人に集中してしまうことがないため、相互牧会を行なうのに適しているが、中心的な長老の聖書理解や判断が暗黙のうちに絶対化され、それ以外の聖書解釈や判断が黙殺される傾向が強い。社会主義の現実と同様な集団形態に陥る危険性もある。


== 集会のあり方についての内部対立 ==
=== 集会のあり方を巡る内部対立 ===
*以下のように大きく二つの流れに分けられる。歴史的対立としては、終末における信者の携挙が[[再臨]]前か後かにと、他教派の教会やクリスチャンに対する考え方についてである。しかし、実際には現代における各々のキリスト集会にあっ、その信徒により考え方がまちまちであるため、グループごと細かく判別することは困難である。ここではあくまで大枠において客観的な洞察にとどめる。
* 歴史的に存在してきた対立としては、[[終末]]における信者の[[携挙]]キリストの[[再臨]]前か後かという、[[終末論]]あるいは[[救済論]]おける考え方の違に由来する対立と、他教派の教会および信徒に対する考え方における対立である。しかし、実際には現代における各々のキリスト集会におい信徒により考え方がまちまちであるため、グループ特色を厳密に整理することは困難である。ここではあくまで概略を述べるにとどめる。

#オープン派(Open Brothren) - 他の教派に対して穏健であり、交流も行なっているグループもある。この中には[[カリスマ派]]や[[ペンテコステ派]]の流れにするキリスト集会や、ブラザレンの特色を残しつつ「教会」と名乗り牧師制度を取り入れているキリスト集会もある。イギリスで活躍した信仰者として知られる[[ジョジ・ミュラー]]はこちらに属する。歴史的ブレザレンといだけで、すでにその特色すでにブラザレンを脱している教会もる。
#オープン派(Open Brothren) - 他の教派に対して穏健な態度を取り、信徒の交流も行なっているグループをオープン派といい、イギリスで活躍した信仰者として知られる[[ジョージ・ミュラー]]はオープン派に属するとされる。オープン派に分類されるキリスト集会には[[カリスマ派]]や[[ペンテコステ派]]の流れにするグループや、ブラザレンの特色を残しつつ「教会」と名乗り牧師制度を取り入れているグルプや、歴史的呼称としてブレザレンと名乗ってだけでにその特色われ事実上ブラザレンを脱している教会も存在する。
#エクスクルーシブ派(Exclusive Brothren) - 他の派に対して排他的であり、同じ立場集会以外とはたとえそれがブラザレン同士であっても一切交流を持たない。自分たちの集まりを教派の一つ、またはブレザレン派とも認識しておらず、聖書に忠実な使徒時代からの正統なエクレシア(集会)だと自認しているため他教派に対しての異端視的な見方が強<ref>「集会の真理と行動」伝道出版社</ref>。そのため互いに交流のある同じ理解に立つ自グループについては「諸集会」と呼び、他教派のことを「宗派の教会」と呼ぶことで分たちが正統であことを調している。エクスクルーシブ派のクリスチャンたちオープン派のクリスチャンのことを集会の真理を逸脱していると蔑む傾向がある。あくまでキリスト中心という理由から、信徒のみの集会でも代表や責任者を置くことを好まない。'''ここでいうキリスト集会の特色は、ほぼエクスクルーシブ派のことを言っている。'''

*他プロテスタント諸教派に見られるような[[神学校]]等での訓練は、聖書にそのような記述がないことを理由に認めていない。
#エクスクルーシブ派(Exclusive Brothren) - 教義理解共有すグループ以外とはたとえブラザレン同士であっても一切宗教上の交流を持たない排他的なグループをエクスクルーシブ派という。自分たちの集プロテスタントの教派の一派或いはブレザレン派とも認識しておらず、聖書に忠実な[[使徒時代]]からの正統なエクレシア(集会)だと自認している。そのため他教派異端視する傾向が強くあり<ref>「集会の真理と行動」伝道出版社</ref>互いに交流のある集会士を「諸集会」と呼ぶ一方で他教派のことを「宗派の教会」と区別して称するなど、らの正統性に対する強い拘りを持っている。またエクスクルーシブ派のクリスチャンは集会の真理を逸脱しているとの理由でオープン派を蔑む傾向があり、あくまでキリスト中心という理由から、信徒のみの集会でも代表や責任者を置くことを好まない。
*建物(教会堂)についての呼び方は、その多くが「集会」(Assembly)、「集会所」(Assembly)、「福音館」(Gospel hall)などである。日本には、「聖書センター」、「福音センター」、「伝道館」、「○○チャペル」と掲げているキリスト集会もある。

*個々の群れ(集団)としては[[教会]]と名乗らず、集会と名乗る。
*未信者や求道者の来会は歓迎されるが、エクスクルーシブ派の集会では、クリスチャンと言えども他教派の場合は礼拝出席を断られる場合がある。
*他のプロテスタント諸教派との違いを強調するが、聖書は福音派と同じものを使用しており、独自の聖書翻訳はしていない。翻訳上、キリスト集会としてふさわしくないとされている部分に関しては、読み替えて使用している。例:「教会→集会」、「牧師→牧者」、「教師→教者」等。
*建物の内外に十字架を設置することを嫌う。オープン派では例外もある。
*新約聖書マタイの福音書23:8の言葉から、伝道者や宣教師を含め集会で牧会者の立場にある信徒を「[[先生]]」と呼ぶことはしない。
*流行、また華美を嫌う。信者の髪型、服装、化粧については、そのキリスト集会の方針によって注意を受けることがある。
*戦後の日本では、すぐに放送伝道に着手し、現在も「[[聖書と福音]]」が[[ラジオ関西]]において毎週放送されている。
* [[宗教法人]]化をすべきか否かといった共同体の存在形態についての考え方も、各々の集会によって見解が異なる(第二次世界大戦中の弾圧の影響が大きい)。比較的規模が大きく宗教法人格を有しているものに、ドイツ人のブレザレン宣教師[[ルスコー]]宣教師の活動から発展して[[九州]]で複数の教会に発展し病院を経営している[[九州キリスト福音フェローシップ]]や、[[リーベンゼラ宣教団]]のドイツ人[[宣教師]][[ゴットホルド・ベック]]師が日本に入国後、同運動に共鳴しプリマスブラザレンに転向してはじめた[[吉祥寺キリスト集会]]を中心とするグループがある。しかし、宗教法人化を正面から是認する集会は稀であり、他のキリスト集会とは一線を画している。
* [[宗教法人]]化をすべきか否かといった共同体の存在形態についての考え方も、各々の集会によって見解が異なる(第二次世界大戦中の弾圧の影響が大きい)。比較的規模が大きく宗教法人格を有しているものに、ドイツ人のブレザレン宣教師[[ルスコー]]宣教師の活動から発展して[[九州]]で複数の教会に発展し病院を経営している[[九州キリスト福音フェローシップ]]や、[[リーベンゼラ宣教団]]のドイツ人[[宣教師]][[ゴットホルド・ベック]]師が日本に入国後、同運動に共鳴しプリマスブラザレンに転向してはじめた[[吉祥寺キリスト集会]]を中心とするグループがある。しかし、宗教法人化を正面から是認する集会は稀であり、他のキリスト集会とは一線を画している。



2015年12月25日 (金) 14:53時点における版

キリスト集会(キリストしゅうかい:Brethren)はプロテスタントの一教派聖職者制度を設けず、宣教師伝道者、指導者などの立場に関わらず、すべての男性のクリスチャンを「兄弟」、女性のクリスチャンを「姉妹」と呼ぶことから、他教派より「brethren(ブレズレン、ブレザレン、ブラザレン)」、「プリマス・ブレズレン」と呼ばれる。

「教会」と訳されているギリシャ語の「エクレシア」(εκκλησία)の意味が本来「集まり、集会」という意味であること、また、「ただ、イエス・キリストの御名のもとに集う集まりである」というスタンスから、その集まりを「教会」と呼ばず「集会」と呼ぶ。教団や中枢本部を置くといった組織形態を拒むが、それぞれ交流は持っている。日本において一般に無教会主義教会以外でキリスト集会と称しているのはほぼこのブレズレン系の教会である。

沿革

18世紀以降、イギリスアメリカカナダアフリカなど世界各地で興った信仰復興運動(リバイバル)に端を発する。

日本における沿革

日本においては、戦前より宣教活動していたものとしては、東京と大阪にあるいくつかの集会、そのほかキリスト同信会がある[1][2]戦前宗教団体法により、日本国内では、「日本基督教団」「日本天主公教団」の二つにほとんどの教派は統合されたが、ほとんどの集会がそのような統合を拒んだ。例外的にキリスト同信会は1941年11月に日本基督教団への加入を認める決議を行った。この当時の特高警察の記録における日本キリスト教団の「従軍牧師」の報告書等によると、「聖書の言う天地創造の神エホバは実は天照大神のことであって、キリスト神の子であるように天皇陛下は“現人神”であらせられる。そして現実的な救いは、日の出づる国から出現する」云々ということが布教されていたことが分かっており、集会が統合を拒絶した理由には教義上の問題を想定することが可能である。

当時の日本で逮捕されたクリスチャンは3,000人ほどであり、ホーリネス派の信者、無教会派の信者と合わせ、キリスト集会に属する信者も一定数を占めていた。[3]逮捕がなされたあと、内村鑑三無教会主義派クリスチャンとは異なる一群であることが取り調べの中で判明したため、この当時の司法当局は最終的に「無宗派クリスチャン」という名称を用いている[4]

戦後の集会の沿革については、会派の活動自体が非組織的な特色を有していること、宣教師の国籍がアメリカカナダドイツイギリスアイルランドニュージーランドと英語圏を中心に多数の国や地域に跨がっていることなどから、日本で沿革を遡るのは困難である。

特色

教理

  • 信仰義認 - 人は、善行や功徳ではなく、ただ神の恵みによるイエス・キリストの十字架の贖いにより、個々の信仰で義とされる(=救われる)。
  • 三位一体
  • 逐語霊感 - 聖書66巻はすべて神の霊感によって書かれている。
  • 万人祭司 - ルターが唱えた万人祭司とは違い、牧師職を否定し、聖職者による牧会は認めない。
  • 福音にふさわしく歩むことを心がけるが、キリスト集会としての基準を満たすためには、倫理的に保守的である。
  • 歴史観に時代区分(ディスペンセーショナリズム)を、また、終末論千年王国前再臨説プレミレニアム)を採るクリスチャンもいる。
  • 個々の諸集会の自治を重んずるため、神学において統一した見解を持ち合わせているわけではない。
  • 聖書の教えは一般の学問とは違うとの立場から、神学や教理等の言葉を安易に使用することを避ける。

礼拝

  • 毎週日曜日、聖餐式を行う。この聖餐式を中心とした礼拝を聖書の記述のまま「パン裂き」と呼ぶキリスト集会もある。
  • 聖餐式を伴う礼拝は信者を対象としているため、同日、他の時間帯に「伝道集会」もしくは「福音集会」という未信者を対象とした集会を持つ。
  • 礼拝プログラムを持たず、男性信者らによって、自由に賛美歌がリクエストされたり、祈り、聖書朗読、説教(キリスト集会では建徳の学びという)がなされる[5]
  • 賛美歌を唄うときはオルガンなどの楽器を使用せず、アカペラで歌う。新約聖書に楽器を使用して賛美歌を唄ったという記述がないから楽器を使用しないという立場である[6]
  • 洗礼は、完全に水に浸す形のバプテスマ(全浸礼)のみを採用している。
  • 新約聖書コリント人への手紙第一11:5~16の言葉により、集会中の女性信徒にかぶりもの(欧米では帽子、日本ではスカーフのような布)を義務付けている。
  • 新約聖書コリント人への手紙第一14:35~36の言葉により、女性信者には聖書からの説教や公の祈りなど、集会中の発言を認めていない。
  • 日本のキリスト集会で使用する讃美歌集は、礼拝では伝道出版社の「礼拝讃美歌」を使用し、その他の伝道集会等では、いのちのことば社の「聖歌」を用いられることが多いが、オープン派ではそればかりではない。

牧会

  • 牧師について、教会を人間的に支配する存在として認識しているため[7]聖職者制度を採らない。
  • 教会政治は、男性信徒の中で「複数」の長老を選び、長老主導の牧会が行なわれるが、長老派教会でいう長老制とは違う。
  • 人間が中心となることを危険視して牧師制度を否定するが、会衆制のような民主的な総会などは持たず、牧師制度のある他教派よりも長老の監督権威が強い。
  • 信徒のみの集会でも代表や責任者を置くことを好まないが、フルタイムの伝道者宣教師がいる集会では、その人が必然的に牧師的な立場になることが多い。
  • エクスクルーシブ派では、基本的に責任者や代表を置かないという立場なので、一人の牧会者に対する依存度は少ないが、社会的には教会としての責任の所在が不明確で、常に他の長老との調整が必要なため、緊急時の教会としての意思決定も迅速には対応できない。
  • 理想的には、様々な教会内の問題が牧師一人に集中してしまうことがないため、相互牧会を行なうのに適しているが、中心的な長老の聖書理解や判断が暗黙のうちに絶対化され、それ以外の聖書解釈や判断が黙殺される傾向が強い。社会主義の現実と同様な集団形態に陥る危険性もある。

集会のあり方を巡る内部対立

  • 歴史的に存在してきた対立としては、終末における信者の携挙がキリストの再臨の前か後かという、終末論あるいは救済論における考え方の違いに由来する対立と、他教派の教会および信徒に対する考え方における対立である。しかし、実際には現代における各々のキリスト集会においても信徒により考え方がまちまちであるため、グループ毎に特色を厳密に整理することは困難である。ここではあくまで概略を述べるにとどめる。
  1. オープン派(Open Brothren) - 他の教派に対して穏健な態度を取り、信徒の交流も行なっているグループをオープン派といい、イギリスで活躍した信仰者として知られるジョージ・ミュラーはオープン派に属するとされる。オープン派に分類されるキリスト集会にはカリスマ派ペンテコステ派の流れに与するグループや、ブラザレンの特色を残しつつ「教会」と名乗り牧師制度を取り入れているグループや、歴史的呼称としてブレザレンと名乗っているだけで既にその特色が失われ、事実上ブラザレンを脱している教会も存在する。
  1. エクスクルーシブ派(Exclusive Brothren) - 教義理解を共有するグループ以外とはたとえブラザレン同士であっても一切宗教上の交流を持たない排他的なグループをエクスクルーシブ派という。自分たちの集いをプロテスタントの教派の一派或いはブレザレン派とも認識しておらず、聖書に忠実な使徒時代からの正統なエクレシア(集会)だと自認している。そのため他教派を異端視する傾向が強くあり[8]、互いに交流のある集会同士を「諸集会」と呼ぶ一方で他教派のことを「宗派の教会」と区別して呼称するなど、自らの正統性に対する強い拘りを持っている。またエクスクルーシブ派のクリスチャンは集会の真理を逸脱しているとの理由でオープン派を蔑む傾向があり、あくまでキリスト中心という理由から、信徒のみの集会でも代表や責任者を置くことを好まない。
  • 宗教法人化をすべきか否かといった共同体の存在形態についての考え方も、各々の集会によって見解が異なる(第二次世界大戦中の弾圧の影響が大きい)。比較的規模が大きく宗教法人格を有しているものに、ドイツ人のブレザレン宣教師ルスコー宣教師の活動から発展して九州で複数の教会に発展し病院を経営している九州キリスト福音フェローシップや、リーベンゼラ宣教団のドイツ人宣教師ゴットホルド・ベック師が日本に入国後、同運動に共鳴しプリマスブラザレンに転向してはじめた吉祥寺キリスト集会を中心とするグループがある。しかし、宗教法人化を正面から是認する集会は稀であり、他のキリスト集会とは一線を画している。

脚注

  1. ^ キリスト同信会『キリスト同信会100年史年表』同信社
  2. ^ M.L.ヤング『天皇制とキリスト教』燦葉出版社
  3. ^ 「昭和16年中に於ける社会運動の状況」第十三巻,内務省警保局発行
  4. ^ 滝川晃一著「雲のごとく」伝道出版社
  5. ^ 細川勝利著「世界の中の日本の教会」つのぶえ出版
  6. ^ 「みことば」2011年7月号伝道出版社
  7. ^ 「集会の真理と行動」伝道出版社
  8. ^ 「集会の真理と行動」伝道出版社

関連項目

外部リンク