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2015年7月17日、写真家の[[篠山紀信]]が、[[松本市美術館]]にて展覧会の打ち合わせの際に優勝したら御嶽海の写真を撮ると約束していた。結果、十両優勝したため2015年9月9日に出羽海部屋にて撮影が行われ、開催中であった『篠山紀信展 写真力』の展示を変更し御嶽海のモノクロ写真が白鵬や朝青龍に並んで掲げられた。<ref>[http://megalodon.jp/2015-0926-2301-15/matsumoto-artmuse.jp/news/5391/ 松本市美術館 篠山紀信展作品の一部が替わりました!]</ref>
2015年7月17日、写真家の[[篠山紀信]]が、[[松本市美術館]]にて展覧会の打ち合わせの際に優勝したら御嶽海の写真を撮ると約束していた。結果、十両優勝したため2015年9月9日に出羽海部屋にて撮影が行われ、開催中であった『篠山紀信展 写真力』の展示を変更し御嶽海のモノクロ写真が白鵬や朝青龍に並んで掲げられた。<ref>[http://megalodon.jp/2015-0926-2301-15/matsumoto-artmuse.jp/news/5391/ 松本市美術館 篠山紀信展作品の一部が替わりました!]</ref>


2015年9月場所14日目は初めて幕内で相撲を取り勝利した。また、若手のために中入り後最初の取組に[[懸賞_(相撲)|懸賞金]]を掛け続けていた[[もち吉]]により、初めて懸賞金を受け取った。この場所は西十両5枚目で12勝3敗という好成績だったことから、続く11月場所では新入幕となり、この場所は千秋楽に勝ち越した。1月場所は途中休場により入門丸1年にして初めて勝ち越しを逃したが、3月場所は10勝とした。同年4月24日から食あたりで嘔吐を繰り返し、体重が10kgも落ち、回復したと思われた矢先に風邪を引いた<ref>[http://www.daily.co.jp/general/2016/05/02/0009043417.shtml 御嶽海まさかの食中毒で10キロ減少] Daily Sports Online 2016.5.2</ref>が、西前頭8枚目として迎えた直後の5月場所は場所前の不調とは裏腹に11勝を挙げ、敢闘賞を受賞した。東前頭筆頭まで大きく番付を上げて臨んだ七月場所は7日目までの大関戦で力の差を見せつけられ1勝6敗。最終的には5勝10敗と自身初の皆勤負け越し。初めて大銀杏を結って挑んだ9月場所<ref>[http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20160911/KT160910IWI090001000.php 御嶽海、いよいよ大銀杏姿 きょう11日秋場所初日] 信毎Web 2016年9月11日</ref>は11日目に勝ち越しを決めるなど好調であり、最終的に10勝5敗の2けた白星を収めた。続く11月場所では新三役で小結に昇進した。出羽海部屋からは2005年9月場所の普天王以来11年ぶりの新三役であり、東洋大卒業者としては初である<ref>『相撲』2016年11月号8ページ</ref>。福岡県新宮町の出羽海部屋宿舎で新三役昇進会見に応じた御嶽海は、新番付を手に「率直にうれしい。(新三役の県出身力士が)八十四年もでてなかったのか、とびっくりした」と率直に喜びを語った。先場所を「上位と戦って『もうちょっとできる』と思った。その経験があったからこそ、先場所は十勝できた」と振り返り「今まで通り、しっかりと自分の相撲を取れば白星につながっていくと思う。苦しい場所にはなると思うけど、勝ち越せるよう頑張りたい」と九州場所への決意を語った。また、御嶽海の新三役昇進を記念して中日新聞社は10月31日、特別号外を発行し、上松、木曽両町で配布した<ref>[http://www.chunichi.co.jp/article/nagano/20161101/CK2016110102000019.html 自分の相撲、しっかりと 御嶽海が小結昇進で抱負] 中日新聞 2016年11月1日</ref>。
2015年9月場所14日目は初めて幕内で相撲を取り勝利した。また、若手のために中入り後最初の取組に[[懸賞_(相撲)|懸賞金]]を掛け続けていた[[もち吉]]により、初めて懸賞金を受け取った。この場所は西十両5枚目で12勝3敗という好成績だったことから、続く11月場所では新入幕となり、この場所は千秋楽に勝ち越した。2016年になり、1月場所は途中休場により入門丸1年にして初めて勝ち越しを逃したが、3月場所は10勝とした。同年4月24日から食あたりで嘔吐を繰り返し、体重が10kgも落ち、回復したと思われた矢先に風邪を引いた<ref>[http://www.daily.co.jp/general/2016/05/02/0009043417.shtml 御嶽海まさかの食中毒で10キロ減少] Daily Sports Online 2016.5.2</ref>が、西前頭8枚目として迎えた直後の5月場所は場所前の不調とは裏腹に11勝を挙げ、敢闘賞を受賞した。東前頭筆頭まで大きく番付を上げて臨んだ七月場所は7日目までの大関戦で力の差を見せつけられ1勝6敗。最終的には5勝10敗と自身初の皆勤負け越し。初めて大銀杏を結って挑んだ9月場所<ref>[http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20160911/KT160910IWI090001000.php 御嶽海、いよいよ大銀杏姿 きょう11日秋場所初日] 信毎Web 2016年9月11日</ref>は11日目に勝ち越しを決めるなど好調であり、最終的に10勝5敗の2けた白星を収めた。続く11月場所では新三役で小結に昇進した。出羽海部屋からは2005年9月場所の普天王以来11年ぶりの新三役であり、東洋大卒業者としては初である<ref>『相撲』2016年11月号8ページ</ref>。福岡県新宮町の出羽海部屋宿舎で新三役昇進会見に応じた御嶽海は、新番付を手に「率直にうれしい。(新三役の県出身力士が)八十四年もでてなかったのか、とびっくりした」と率直に喜びを語った。先場所を「上位と戦って『もうちょっとできる』と思った。その経験があったからこそ、先場所は十勝できた」と振り返り「今まで通り、しっかりと自分の相撲を取れば白星につながっていくと思う。苦しい場所にはなると思うけど、勝ち越せるよう頑張りたい」と九州場所への決意を語った。また、御嶽海の新三役昇進を記念して中日新聞社は10月31日、特別号外を発行し、上松、木曽両町で配布した<ref>[http://www.chunichi.co.jp/article/nagano/20161101/CK2016110102000019.html 自分の相撲、しっかりと 御嶽海が小結昇進で抱負] 中日新聞 2016年11月1日</ref>。

西前頭筆頭で迎えた2017年1月場所では、初日から3横綱・4大関との対戦が続いたが、これを初めてとなる二つの金星を含め4勝3敗で乗り切ると、残りの日程を1敗で場所を終え、11勝4敗として初の技能賞を獲得した<ref>[http://www.asahi.com/articles/ASK1Q3K1JK1QUTQP00D.html 御嶽海、初の技能賞に笑顔 「技なんてあんまりない…」]</ref>。これにより3月場所での三役復帰を確実にした。


== エピソード ==
== エピソード ==

2017年1月22日 (日) 19:12時点における版

御嶽海 久司
基礎情報
四股名 御嶽海 久司
本名 大道 久司
愛称 オオミチ、みーたん(自称)[1]、Real Deal[2]
生年月日 (1992-12-25) 1992年12月25日(31歳)
出身 長野県木曽郡上松町
身長 178cm
体重 153kg
BMI 48.29
所属部屋 出羽海部屋
得意技 突き・押し
成績
現在の番付 西前頭筆頭
最高位小結
生涯戦歴 101勝61敗2休(12場所)
幕内戦歴 66勝52敗2休(8場所)
優勝 十両優勝1回
敢闘賞1回
技能賞1回
データ
初土俵 2015年3月場所
入幕 2015年11月場所
趣味 ボウリング・ビリヤード、ダーツ[3]
備考
金星2個(日馬富士1個、鶴竜1個)
2017年1月22日現在

御嶽海 久司(みたけうみ ひさし、1992年12月25日 - )は、長野県木曽郡上松町出身で出羽海部屋所属の現役大相撲力士。本名は大道 久司(おおみち ひさし)。身長178cm、体重153kg、血液型はO型。得意技は突き・押し。自己最高位は東小結2016年11月場所)。好物はバナナ。好きな俳優は峰竜太[3]。父は日本人、母はフィリピン人。

来歴

大道少年が相撲を始めるきっかけとなったのは、上松町立上松小学校1年の時に大桑村で開かれた相撲大会に出場した際に、初めて挑戦した相撲で自分より体の小さな相手に負けたことである。これをきっかけに負けず嫌いの魂に火がつき、地元の木曽少年相撲クラブに入り相撲一筋の人生が始まった[4]。小学校では5年次に全日本小学生相撲優勝大会で2位となった[5]。木曽町立福島中学校に進学すると3年で全国大会ベスト8となっている。木曽青峰高在学中に国体少年の部で3位となった[6]後に東洋大学法学部企業法学科[7]に進学した。一方で大相撲入りに関しては、相撲部屋へ何度も見学に行って、厳しいということを恐れていたことから、頭になかったという。[8]

東洋大学時代は力強い突き押しを武器に、個人タイトル15冠。4年時の11月に学生横綱[9]、12月にアマチュア横綱となり、現行基準では日大出身の元幕内・市原(清瀬海)、同じく日大出身の幕内・遠藤に続き3人目となる幕下10枚目格付出の資格を得た[10]。当初はプロ入りする意向はなく、アマチュア相撲の強豪・和歌山県庁への就職が内定しており、就職したら家族を呼んで和歌山で一緒に暮らす[8]ことを考えていたが[11]、大学の相撲部の浜野監督の知人から部屋を紹介され[8]、また「部屋を再興したいので、力を貸して欲しい」と11代出羽海親方(元幕内・小城ノ花)の説得もあり[12]、2015年2月12日に出羽海部屋へ入門した[13]。 2014年2月に出羽海部屋を継承したばかりの11代出羽海にとっては初の直弟子である。入門時に目標の力士として元大関・武双山(現・年寄:藤島)の名を挙げたが、2月28日新弟子検査で身長を測定したのは奇しくもその元・武双山の藤島審判副部長だった[14]。なお、大道は出羽海部屋は知っていたが、部屋の出身力士は舞の海くらいしか知らず、入門した後で名門であることを知ったという。[8]

2015年3月場所で初土俵。角界には既に自身の本名の姓と同じ文字の元幕内・大道阿武松部屋、現・年寄:小野川)がいたこともあり[15]、四股名には地元上松町から望める御嶽山に出羽海部屋の「海」をつけた「御嶽海」に決まった[16](ただし、「御嶽」の読みは、山は「おんたけ」と読むのに対し、四股名は「みたけ」と読む。「御嶽」の読みを「みたけ」にしたのは御嶽山が噴火したことがあり縁起が悪いためであり、部屋の行事の木村千鷲と話して決めた[8])父は嶽王(たけおう)や嶽ノ王(たけのおう)という四股名を考えていたそうであり、親戚に王という苗字の人がいたので四股名に『王』を付けることを考えたという。[8]。初土俵の場所は2番相撲(3日目)に大翔鵬からプロ初黒星を付けられたものの、これがかえって緊張をほぐす契機となり[17]、最終的に6勝1敗の好成績となった。5月場所は東幕下3枚目の地位で6勝1敗の成績とし、場所後の番付編成会議にて、7月場所での新十両昇進が決定した[18]。十両昇進まで所要2場所で昇進するのは11人目である[19]

長野県は元幕内の大鷲1978年1月場所限りで引退して以来全都道府県で関取不在の期間(37年間)が最も長かったが[20]、長野県出身力士として47年ぶりの新十両誕生で平成以降、関取を出していない都道府県は皆無となった[21][22]

関取になってからは取的に指導やアドバイスをしなければならなくなったが、はじめのうちは関取という立場に変わったことで番付界の兄弟子たちと話すことができず、そうしたことができるようになったのは2016年の1月場所から3月場所になってからのことであった。[8]2015年7月場所において、11勝4敗の成績を収め、十両優勝を果たした。長野県出身力士の十両優勝は、1949年5月場所の大昇以来66年ぶりである。10日目の常幸龍から激しい張り手を受け口内から激しく流血し、翌日の取り組み後に左上唇を15針縫う怪我を負った。以降の取り組みでは本来の突き押しが出来ず、いつも以上に立ち合いの変化を多用した。[23] 2015年7月17日、写真家の篠山紀信が、松本市美術館にて展覧会の打ち合わせの際に優勝したら御嶽海の写真を撮ると約束していた。結果、十両優勝したため2015年9月9日に出羽海部屋にて撮影が行われ、開催中であった『篠山紀信展 写真力』の展示を変更し御嶽海のモノクロ写真が白鵬や朝青龍に並んで掲げられた。[24]

2015年9月場所14日目は初めて幕内で相撲を取り勝利した。また、若手のために中入り後最初の取組に懸賞金を掛け続けていたもち吉により、初めて懸賞金を受け取った。この場所は西十両5枚目で12勝3敗という好成績だったことから、続く11月場所では新入幕となり、この場所は千秋楽に勝ち越した。2016年になり、1月場所は途中休場により入門丸1年にして初めて勝ち越しを逃したが、3月場所は10勝とした。同年4月24日から食あたりで嘔吐を繰り返し、体重が10kgも落ち、回復したと思われた矢先に風邪を引いた[25]が、西前頭8枚目として迎えた直後の5月場所は場所前の不調とは裏腹に11勝を挙げ、敢闘賞を受賞した。東前頭筆頭まで大きく番付を上げて臨んだ七月場所は7日目までの大関戦で力の差を見せつけられ1勝6敗。最終的には5勝10敗と自身初の皆勤負け越し。初めて大銀杏を結って挑んだ9月場所[26]は11日目に勝ち越しを決めるなど好調であり、最終的に10勝5敗の2けた白星を収めた。続く11月場所では新三役で小結に昇進した。出羽海部屋からは2005年9月場所の普天王以来11年ぶりの新三役であり、東洋大卒業者としては初である[27]。福岡県新宮町の出羽海部屋宿舎で新三役昇進会見に応じた御嶽海は、新番付を手に「率直にうれしい。(新三役の県出身力士が)八十四年もでてなかったのか、とびっくりした」と率直に喜びを語った。先場所を「上位と戦って『もうちょっとできる』と思った。その経験があったからこそ、先場所は十勝できた」と振り返り「今まで通り、しっかりと自分の相撲を取れば白星につながっていくと思う。苦しい場所にはなると思うけど、勝ち越せるよう頑張りたい」と九州場所への決意を語った。また、御嶽海の新三役昇進を記念して中日新聞社は10月31日、特別号外を発行し、上松、木曽両町で配布した[28]

西前頭筆頭で迎えた2017年1月場所では、初日から3横綱・4大関との対戦が続いたが、これを初めてとなる二つの金星を含め4勝3敗で乗り切ると、残りの日程を1敗で場所を終え、11勝4敗として初の技能賞を獲得した[29]。これにより3月場所での三役復帰を確実にした。

エピソード

  • 先述の元幕内・大道とは2015年7月場所7日目に対戦し勝利[30]。「大道対決」はこの一番のみだった。
  • 2016年1月場所7日目の千代大龍戦は「寿司屋の常連対決」として話題になった。その4年前から千代大龍が通う九重部屋近くのすし屋に御嶽海が通い始め、千代大龍は「負けたら店で会った時に気まずいから絶対勝とうと思った」という。取り組みは千代大龍が右上手をつかむと、力強い寄りで御嶽海を破った。[31]
  • 絵がとても下手であることを自認しており、日刊スポーツの企画で絵日記を書いたときに話題になった。本人いわく「絵は本当にダメなんです。小学生のとき、50歳くらいの先生に『今まで生きてきた中で、見たことがない(くらい下手)』と言われたことがありますからね。あれは衝撃でした」[32]
  • 東洋大学1年生のとき、全日本大学選抜相撲十和田大会決勝で遠藤聖大を破って優勝を果たした時、両親から腕時計をプレゼントされた。この腕時計は角界に入ってからも大切にしている[3]

取り口

基本的に突き押しを得意とするがとっさの変化も見られる。藤島は新入幕を迎えた御嶽海を「力が強いというよりも、瞬発力なんです。ほかの力士よりコンマ何秒か速いのです」と評しており、NHK大相撲ジャーナルの編集長である緒方喜治は「藤島親方の若いころを思い出すのではないですか」と感想を漏らしている。阿武松は「いちばんいいのは、膝が常に曲がっていることです。だから体の芯がブレません。叩きも食いにくいのです」と評する一方で「ただ、押しきれないときに差すことがありますが、差してしまうとまだまだ。これからの課題です」と注文を付けている。[33]。中学生の時にもろ差しになって密着する相撲を取っていたので四つになることもあるが、部屋でも「まわしがないと思って取れ」と押し相撲に徹するように指導されている。[8]あまり稽古熱心でないことでも知られており、2016年11月場所前の座談会では出羽海部屋の部屋付き親方でもある中立からは「入門以来、がっちり稽古をした日はないかもしれない(笑)。何というか、周りに合わせて稽古をしているというか。だから、そのうち、大きなけがをするんじゃないかな。そこが心配だね。ちょっと痛かったりするとすぐに逃げようとするから」と苦言を呈された[34]朝日山は2016年11月場所前に押しをベースとしてその流れで廻しを取って攻める相撲を評価しており、今後この相撲をどう取ればよいかにつて「具体的に話すと、まずは、丸い体でバンと一発頭から当たります。背中を丸めて、当たる角度も考えます。そして、パンパンパンと弾くような突っ張り、または伸びのある突っ張りで相手をのけぞらします。そして、もう一回しゃがんで中にもぐりこむのです。理想的な形としては嘉風のようなイメージです」と話している[35]。2017年1月場所中の朝日新聞の記事では御嶽海の指導に当たる中立が、場所4日目に鶴竜を破った相撲を指して「俺らの方がビックリしているよ。場所前のけいこでは、春日野部屋の力士に歯が立たないんだもの。でも、本場所の一番になると力を出す。あいつは『場所相撲』だな」とうなった[36]

主な成績

2017年1月場所終了現在

  • 通算成績:101勝61敗2休(12場所)
  • 幕内成績:66勝52敗2休
  • 幕内在位:8場所
  • 三役在位:1場所(小結1場所)
  • 十両成績:23勝7敗(2場所)
  • 三賞
    • 敢闘賞:1回(2016年5月場所)
    • 技能賞:1回(2017年1月場所)
  • 金星:2個
    • 日馬富士1個(2017年1月場所)
    • 鶴竜1個(2017年1月場所)
  • 各段優勝
    • 十両優勝:1回(2015年7月場所)
御嶽海 久司
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2015年
(平成27年)
x 幕下付出10枚目
6–1 
東幕下3枚目
6–1 
西十両12枚目
優勝
11–4
西十両5枚目
12–3 
西前頭11枚目
8–7 
2016年
(平成28年)
西前頭10枚目
5–8–2[37] 
西前頭13枚目
10–5 
西前頭8枚目
11–4
東前頭筆頭
5–10 
西前頭5枚目
10–5 
東小結
6–9 
2017年
(平成29年)
西前頭筆頭
11–4
x x x x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

脚注

  1. ^ 2016年2月11日に行われたNHK福祉大相撲にて自称。
    「みーたん」御嶽海、でんぱ組と福祉大相撲で共演 日刊スポーツ 2016年2月12日9時1分 紙面から
  2. ^ NHK大相撲英語実況でのニックネーム
    大空出版『相撲ファン』vol.3 63頁
  3. ^ a b c 『相撲』2016年11月号34ページから35ページ
  4. ^ 長野県上松町出身・大道久司選手 産経新聞 2015年2月13日(2015年5月28日閲覧)
  5. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2015年4月号(春場所総決算号) 118頁
  6. ^ 第65回(平成22年)国民体育大会本大会入賞者 公益財団法人長野県体育協会
  7. ^ 相撲部 大道久司選手が出羽海部屋入門を発表 東洋大学
  8. ^ a b c d e f g h 『大相撲ジャーナル』2016年10月号88ページから91ページ
  9. ^ 大道、中村破り学生横綱 全国学生相撲第1日 日本経済新聞 2014年11月8日(2015年5月28日閲覧)
  10. ^ 大道が学生横綱に続きアマ横綱で幕下10枚目資格 涙こらえきれず 産経新聞 2014年12月19日(2015年5月28日閲覧)
  11. ^ 【新風力士】御嶽海 御嶽山噴火の地元を「勇気づけたい」 スポニチアネックス 2015年3月9日(2015年5月28日閲覧)
  12. ^ 学生横綱・アマ横綱の2冠を達成した大道久司選手が大相撲デビュー 東洋大学報WEB2014
  13. ^ アマ横綱大道がプロ初稽古 日刊スポーツ 2015年2月12日(2015年5月28日閲覧)
  14. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2015年4月号(春場所総決算号) 20頁
  15. ^ その元幕内・大道からは「俺が名前を変えようか?」との申し出が御嶽海にあったという。“本名「大道」御嶽海寂しい 日刊スポーツ 2016年1月22日付紙面 4面参照”
  16. ^ 出羽海部屋 大道久司選手のしこ名が「御嶽海(みたけうみ)」に決定 東洋大学
  17. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2015年4月号(春場所総決算号) 19頁
  18. ^ 相撲、新十両に御嶽海と高立 デイリースポーツonline] 2015年5月27日(2015年5月27日閲覧)
  19. ^ 御嶽海、最速所要2場所新十両!逸&遠藤らと並んだ スポーツ報知 2015年5月28日(2015年5月28日閲覧)
  20. ^ 御嶽海、十両昇進確実 県内出身関取、37年ぶり復活へ 信濃毎日新聞 2015年5月25日(2015年5月28日閲覧)
  21. ^ 長野から47年ぶり関取、御嶽海ら喜び語る 大相撲 朝日新聞 2015年5月27日(2015年5月28日閲覧)
  22. ^ 長野県から関取が誕生したことで、関取不在の期間が最も長い都道府県は1990年から関取不在の福井県になった。
  23. ^ 御嶽海が相撲人生初の流血…常幸龍の張り手で唇負傷 2015年7月21日19時30分
  24. ^ 松本市美術館 篠山紀信展作品の一部が替わりました!
  25. ^ 御嶽海まさかの食中毒で10キロ減少 Daily Sports Online 2016.5.2
  26. ^ 御嶽海、いよいよ大銀杏姿 きょう11日秋場所初日 信毎Web 2016年9月11日
  27. ^ 『相撲』2016年11月号8ページ
  28. ^ 自分の相撲、しっかりと 御嶽海が小結昇進で抱負 中日新聞 2016年11月1日
  29. ^ 御嶽海、初の技能賞に笑顔 「技なんてあんまりない…」
  30. ^ 御嶽海「大道対決」制し7連勝 FBあおられ意識 日刊スポーツ 
  31. ^ すし屋の常連対決、千代大龍に軍配 朝日新聞DIGITAL 2016年1月16日21時36分
  32. ^ 夏の絵日記2016 日刊スポーツ 
  33. ^ 『大相撲ジャーナル』2016年1月号19頁
  34. ^ 『大相撲ジャーナル』2016年12月号59ページ
  35. ^ 『大相撲ジャーナル』2016年12月号86ページから87ページ
  36. ^ 「あいつは『場所相撲』」 親方もうなる御嶽海 朝日新聞DIGITAL 2017年1月11日20時59分 
  37. ^ インフルエンザのため中日から休場、11日目から再出場

関連項目

外部リンク