コンテンツにスキップ

「パイレーツ (お笑いコンビ)」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
41行目: 41行目:
[[太田光]]([[爆笑問題]])は、「よく2人を泣かせていた」という。後に、Affection設立記者会見で、礼儀正しかった浅田を見て、「あいさつできるようになったんだ」と驚いていた。[[田中裕二 (お笑い芸人)|田中裕二]]や[[土田晃之]]の話によるとボキャブラメンバーで営業に行ったとき、他の芸人は持ちネタをやるのに対しパイレーツは[[ピンク・レディー]]の歌をカラオケで歌ったり、ずっと胸の谷間を見せるだけでネタらしいネタを披露しなかった。そのため、周囲の芸人からはパイレーツはお笑いコンビとしてはみなされていなかったという<ref name=kensaku08.6.20>2008年6月20日放送回『[[爆笑問題の検索ちゃん]]』。</ref>。
[[太田光]]([[爆笑問題]])は、「よく2人を泣かせていた」という。後に、Affection設立記者会見で、礼儀正しかった浅田を見て、「あいさつできるようになったんだ」と驚いていた。[[田中裕二 (お笑い芸人)|田中裕二]]や[[土田晃之]]の話によるとボキャブラメンバーで営業に行ったとき、他の芸人は持ちネタをやるのに対しパイレーツは[[ピンク・レディー]]の歌をカラオケで歌ったり、ずっと胸の谷間を見せるだけでネタらしいネタを披露しなかった。そのため、周囲の芸人からはパイレーツはお笑いコンビとしてはみなされていなかったという<ref name=kensaku08.6.20>2008年6月20日放送回『[[爆笑問題の検索ちゃん]]』。</ref>。


ボキャブラ天国では、成績もあまり良くなく、多くの審査員からは評価されなかったが、[[大島渚]]や[[鈴木史朗]]は高得点を出していた。このため、評価は高くなかったものの、30点満点中10点台、もしくはそれ以下が、ほとんどであった。しかし、2007年の復活スペシャルでは30点満点中23点の好スコアを叩きだした。コンビ名や個人名をボキャブるネタが大半を占めていた。多くの人が「2人を口説いた」というネタが蔓延してしまい、[[海砂利水魚]](現[[くりぃむしちゅー]])や[[ネプチューン (お笑いトリオ)|ネプチューン]]の[[原田泰造]]はいろいろとネタにされた結果、開き直って自虐ネタに換えていた。
ボキャブラ天国では、成績もあまり良くなく、多くの審査員からは評価されなかったが、[[大島渚]]や[[鈴木史朗]]は高得点を出していた。このため、評価は高くなかったものの、30点満点中10点台、もしくはそれ以下が、ほとんどであった。しかし、2008年の復活スペシャルでは30点満点中23点の好スコアを叩きだした。コンビ名や個人名をボキャブるネタが大半を占めていた。多くの人が「2人を口説いた」というネタが蔓延してしまい、[[海砂利水魚]](現[[くりぃむしちゅー]])や[[ネプチューン (お笑いトリオ)|ネプチューン]]の[[原田泰造]]はいろいろとネタにされた結果、開き直って自虐ネタに換えていた。


テレビでは時折、敬語を何回か使用していたが、普段はどんな先輩にでもタメ口で会話をしていたという。「[[ウンナンの気分は上々。]]」での俳句の会にて、「ルールとして敬語で話す」という制約を設けた際、撮影前の内村に対して、「ウッチャン!」と呼び捨てにしていたことを内村本人から暴露され、遠回しに注意されていた。
テレビでは時折、敬語を何回か使用していたが、普段はどんな先輩にでもタメ口で会話をしていたという。「[[ウンナンの気分は上々。]]」での俳句の会にて、「ルールとして敬語で話す」という制約を設けた際、撮影前の内村に対して、「ウッチャン!」と呼び捨てにしていたことを内村本人から暴露され、遠回しに注意されていた。

2018年8月1日 (水) 13:48時点における版

パイレーツ
メンバー 浅田好未
西本はるか(1997年 - 2001年、2008年)
宇恵さやか(2004年)
結成年 1997年
解散年 2001年
事務所 ルージュの後、アバンギャルド
活動時期 1997年4月 - 2001年9月、2004年、2008年
現在の活動状況 解散
過去の代表番組ボキャブラ天国
受賞歴
1998年 新語・流行語大賞
1999年 ゴールデン・アロー賞話題賞
テンプレートを表示

パイレーツは、1997年4月に浅田好未西本はるかのコンビで結成された、グラビアアイドルお笑い芸人の折衷型のタレント。2004年に西本の脱退に伴う浅田の事務所移籍に伴い、新たに宇恵さやかともコンビを組んだ。

来歴

ボキャブラ天国』に出演し、評価は高くなかったが、巨乳をアピールした漫才の芸風でブレイクした。「だっちゅーの」は1998年は、同年度の新語・流行語大賞を受賞し、さらに1999年にはゴールデン・アロー賞の話題賞を受賞する。

2001年9月、西本が女優を目指すという理由で脱退したために解散する。その後、浅田は事務所を移籍し、宇恵さやかと新生パイレーツを結成したが、ギャグを封印。バラエティ番組への出演を控え純粋にグラビアアイドルとして活動するが、2004年に再解散する。

浅田はその後アパレル会社を立ち上げ、自身のブランドAffection』を手掛けつつ、その会社を事実上の芸能事務所として機能させるかたちで引き続きタレント活動を行う。また宇恵はパイレーツ結成後もソロでの活動も行い、舞台活動なども行う。

所属事務所は、ルージュを経てアバンギャルド

2008年9月28日放送の『タモリのボキャブラ天国 大復活祭スペシャル』にて浅田と西本が限定復活した。この時の得点は30点満点中23点で、比較的高い評価を得た。

人物像

爆笑問題の検索ちゃん ボキャブラ芸人SP」では、彼女らにも触れていた。出演者総じて「態度が悪かった」と述べている。

太田光爆笑問題)は、「よく2人を泣かせていた」という。後に、Affection設立記者会見で、礼儀正しかった浅田を見て、「あいさつできるようになったんだ」と驚いていた。田中裕二土田晃之の話によるとボキャブラメンバーで営業に行ったとき、他の芸人は持ちネタをやるのに対しパイレーツはピンク・レディーの歌をカラオケで歌ったり、ずっと胸の谷間を見せるだけでネタらしいネタを披露しなかった。そのため、周囲の芸人からはパイレーツはお笑いコンビとしてはみなされていなかったという[1]

ボキャブラ天国では、成績もあまり良くなく、多くの審査員からは評価されなかったが、大島渚鈴木史朗は高得点を出していた。このため、評価は高くなかったものの、30点満点中10点台、もしくはそれ以下が、ほとんどであった。しかし、2008年の復活スペシャルでは30点満点中23点の好スコアを叩きだした。コンビ名や個人名をボキャブるネタが大半を占めていた。多くの人が「2人を口説いた」というネタが蔓延してしまい、海砂利水魚(現くりぃむしちゅー)やネプチューン原田泰造はいろいろとネタにされた結果、開き直って自虐ネタに換えていた。

テレビでは時折、敬語を何回か使用していたが、普段はどんな先輩にでもタメ口で会話をしていたという。「ウンナンの気分は上々。」での俳句の会にて、「ルールとして敬語で話す」という制約を設けた際、撮影前の内村に対して、「ウッチャン!」と呼び捨てにしていたことを内村本人から暴露され、遠回しに注意されていた。

笑っていいともにて、姓名判断士の安斎勝洋が担当していたコーナーで、「最近人気はなくなった」としてゲスト出演したが、その際安斎から、「オッパイレーツにすれば、画数が良い」と改名を進められたが、名前が少々卑猥なために拒否している。

芸風

主に漫才で、胸をアピールする一発ギャグを挟むスタイルの漫才を行っていた。持ちギャグは、「だっちゅーの」で胸の谷間を強調する他、「ムギュ」「乳離れ」「乳帰る」「だっちゅーの光線」「練乳ビーム、ピュッピュッピュッ」「ボニョニョン」「お疲れ山」など。西本が浅田に耳打ちする事があった。まずネタを披露して失笑を買い、最後に胸を寄せて「だっちゅーの」で締める。「だっちゅーの」は元々はツッコミの際の口癖だったが、それをボキャブラ天国に出演していたMANZAI-Cが番組内でネタにしたのが始まりでそのまま一発ギャグとなった。「だっちゅーの」に代わる新ネタとして、スケ番の扮装を二人にさせ「なめんなよぉ」と言うネタを放送作家に言われてはやらせようとしたが浸透はしなかった。

バラエティ番組で披露していたネタのほとんどは、放送作家が考えていた。同じく『ボキャブラ』出身のネプチューン名倉潤によると、当時は作家が考えたネタを使用しないとスタッフに嫌味を言われる事があったという[2]

2人の美乳を武器にした持ちギャグ

  • だっちゅ~の
  • だっちゅ~の光線
  • 練乳ビーム ピュッピュッピュッ
  • Have a nice day
  • ぼにょにょ~ん
  • お疲れ山!

出演

バラエティ

フジテレビ系番組
  • 新ボキャブラ天国(1997.7~9)(キャッチコピーは聖☆美乳エンジェル)
  • 黄金ボキャブラ天国(1997.10~1998.3)
  • 家族そろってボキャブラ天国(1998.4~9)
  • 続!ボキャブラ天国(1998.10~1999.3)
  • 歌うボキャブラ天国(1999.4~9)
  • タモリのボキャブラ天国 大復活祭スペシャル(2008年9月28日)(解散後の限定復活)
  • めちゃ2イケてるッ!
  • ドキッ!丸ごと水着女だらけの水泳大会
  • 格闘女神ATHENA
他局の番組

生情報番組

オリジナルビデオ

  • 湘南爆走族・湘南爆走族2(2001年、カレス・コミュニケーションズ)浅田=津山よし子役・西本=三好民子役

音楽番組

CDデビュー前に音楽番組に出演したのは1998年2月13日の『AXEL』(テレビ朝日)である。この時はCDデビューの告知である[3]。CDデビュー後は、同年3月23日に『ルックルックこんにちは』(日本テレビ)、『スーパーモーニング』(テレビ朝日)、『ビッグトゥディ』(フジテレビ)でデビューイベントを行ったVTRが放映された。

初ライブ後、同年4月25日放送の『THE夜もヒッパレ』に出演する。しかしデビュー曲の初披露は4月29日放送の『ポケットミュージック』である[4]

CM

ラジオ

上記以外

  • すずらん - 1999年。(明日萌に来た女占い師役)

ほか多数

ディスコグラフィー

  • CD
    • INCANTATION(1998年3月21日[5]
    • 渚のシンデレラ(1998年7月23日[6]
    • Fall in' love(1998年10月21日[7]
    • ぼくらのVICTORY(1999年7月28日[8]
  • 写真集
    • 浅田好未
    • パイレーツ
      • DAT U KNOW」(ワニブックス、1998年3月10日)
      • Pai Pai×2」(ワニブックス、1999年6月10日)
      • 1999 PIRATES だっちゅーの BOOK」(ヤングマガジン特別編集、講談社、1998年10月16日)
      • On Visual No.2 パイレーツ」(アスキー、2000年8月21日)
    • 西本はるか
  • カレンダー

脚注

  1. ^ 2008年6月20日放送回『爆笑問題の検索ちゃん』。
  2. ^ 2010年10月28日放送回『くだまき八兵衛』(テレビ東京)ゲスト出演時の西本談。
  3. ^ 同年3月20日にも同番組に出演する。
  4. ^ 5月4日の『日刊!ひっと』でも同じく披露していた。
  5. ^ スーパージョッキーで1998.4~7にかけてこの曲のエンディングで使用された。白いワンピースでヒマワリがついたもの。
  6. ^ ビキニに浮き輪があったのが特徴。
  7. ^ 浅田、西本が胸を挟んでるもの。
  8. ^ アニメ「Bビーダマン爆外伝V」後期オープニングテーマ。

外部リンク