コンテンツにスキップ

「源光庵」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
「近隣」節の整理(至近距離にあり、単独記事のある寺院に限定する)
→‎歴史: 源光庵発行の書より一部手直しして 付加
27行目: 27行目:


== 歴史 ==
== 歴史 ==
[[1346年]]([[貞和]]2年)に[[臨済宗]][[大徳寺]]二世の徹翁義亨の隠居所として基。当初は'''復古堂'''と呼ばれた。そ後、一時衰退したが、[[1694年]]([[元禄]]7年)に[[卍山道白]]により曹洞宗に改宗された。
[[1346年]]([[貞和]]2年)に[[臨済宗]]大本山[[大徳寺]]二世の[[徹翁義亨]]国師の開創によるもであるが、[[1694年]]([[元禄]]7年)に加賀国[[大乗寺]]27代[[曹洞宗]]復古道人[[卍山道白]]禅師が当寺住持せられ、曹洞宗に改まっのである。現在の本堂は、[[1694年]]([[元禄]]7年)の創建で、間口11間半(21メートル)奥行7間(13メートル)加賀の住人静家居士の建立による
本尊は[[釈迦牟尼仏]]、脇立[[迦葉尊者]]、[[阿難尊者]]を祀る。<ref>『源光庵参禅会三十周年記念 普照』 鷹峰龍雄発行人 源光庵発行 1994年 12p</ref>


== 境内 ==
== 境内 ==

2021年6月28日 (月) 11:13時点における版

源光庵
悟りの窓(左)、迷いの窓
所在地 京都市北区鷹峯北鷹峯町47
位置 北緯35度3分17.33秒 東経135度43分54.2秒 / 北緯35.0548139度 東経135.731722度 / 35.0548139; 135.731722
山号 鷹峰山
(林号:寶樹林)
宗派 曹洞宗
本尊 釈迦如来
創建年 1346年貞和2年)
開基 徹翁義亨
正式名 鷹峰山 寶樹林 源光庵
別称 復古禅林
法人番号 8130005002384 ウィキデータを編集
テンプレートを表示

源光庵(げんこうあん)は、京都市北区鷹峯(たかがみね)北鷹峯町にある曹洞宗の寺院。山号は鷹峰山。正式には鷹峰山寶樹林源光庵という。別称「復古禅林(ふっこぜんりん)」とも呼ばれる。本尊は釈迦如来

歴史

1346年貞和2年)に臨済宗大本山大徳寺二世の徹翁義亨国師の開創によるものであるが、1694年元禄7年)に加賀国大乗寺27代曹洞宗復古道人卍山道白禅師が当寺に住持せられ、曹洞宗に改まったのである。現在の本堂は、1694年元禄7年)の創建で、間口11間半(21メートル)奥行7間(13メートル)加賀の住人静家居士の建立による。 本尊は釈迦牟尼仏、脇立迦葉尊者阿難尊者を祀る。[1]

境内

本堂

1694年の建立。

天井板は伏見桃山城から移築したもので、1600年(慶長5年)に徳川家家臣鳥居元忠らが石田三成に破れ自刃したときの跡が残り、血天井となっている。その脇に丸窓と角窓がありそれぞれ悟りの窓迷いの窓と呼ばれている。

迷いの窓
迷いの窓の四角い形は、人間が誕生し、一生を終えるまで逃れることのできない過程、つまり「人間の生涯」を4つの角で象徴している。この「迷い」とは「釈迦の四苦」のことで、この窓が生老病死の四苦八苦を表しているといわれている。
悟りの窓
悟りの窓の丸い形は、「禅と円通」の心が表されている。ありのままの自然の姿、清らか、偏見のない姿、つまり悟りの境地を開くことができ、丸い形(円)は大宇宙を表現している。

開山堂

1719年享保4年)建立。

庭園

北山を借景とした枯山水

アクセス

近隣

出典

  1. ^ 『源光庵参禅会三十周年記念 普照』 鷹峰龍雄発行人 源光庵発行 1994年 12p

外部リンク