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「民由合併」の版間の差分

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[[2002年]](平成14年)、[[国民民主党代表|民主党代表]]の[[鳩山由紀夫]]が自由党党首の[[小沢一郎]]に合併の申し込みを行った。[[小泉内閣]]の高支持率を背景に国政の主導権を握る[[与党]]の[[自由民主党 (日本)|自由民主]]・[[公明党|公明]]両党に対して[[政権交代]]の展望を見出すため、非自民勢力の結集を狙ったものであった。
[[2002年]](平成14年)、[[国民民主党代表|民主党代表]]の[[鳩山由紀夫]]が自由党党首の[[小沢一郎]]に合併の申し込みを行った。[[小泉内閣]]の高支持率を背景に国政の主導権を握る[[与党]]の[[自由民主党 (日本)|自由民主]]・[[公明党|公明]]両党に対して[[政権交代]]の展望を見出すため、非自民勢力の結集を狙ったものであった。


しかし、鳩山は党代表再選時に露骨な論功行賞をおこなったことや、補欠選挙の敗北により求心力を失っており、また合併に関して党内への事前説明が無く、[[新進党]]分党時の党首であった小沢に対する民主党内のアレルギー・嫌悪感があったことから党内世論は合併反対が多数を占めた。この結果、鳩山は党代表の辞任を表明、後任に合併に消極的な[[菅直人]]が就任したことで合併問題は白紙となった。
しかし、鳩山は[[2002年9月民主党代表選挙]]再選時に露骨な論功行賞をおこなったことや、補欠選挙の敗北により求心力を失っており、また合併に関して党内への事前説明が無く、[[新進党]]分党時の党首であった小沢に対する民主党内のアレルギー・嫌悪感があったことから党内世論は合併反対が多数を占めた。この結果、鳩山は党代表の辞任を表明、後任に合併に消極的な[[菅直人]]が就任したことで合併問題は白紙となった。


しかし、翌[[2003年]](平成15年)には民主党内最大グループである[[政権交代を実現する会|鳩山グループ]]<!--2009年衆院選後に「民主党政権を実現する会」と名称変更。-->が菅に自由党との合併圧力をかけて鳩山が離党も辞さない姿勢を示したことや、菅自身も非自民勢力を結集する必要性を感じていたことから、再度自由党との合併交渉を行った。
しかし、翌[[2003年]](平成15年)には民主党内最大グループである[[政権交代を実現する会|鳩山グループ]]<!--2009年衆院選後に「民主党政権を実現する会」と名称変更。-->が菅に自由党との合併圧力をかけて鳩山が離党も辞さない姿勢を示したことや、菅自身も非自民勢力を結集する必要性を感じていたことから、再度自由党との合併交渉を行った。


最終的には自由党が民主党の党役員・政策を継承することで[[菅直人]]代表と小沢党首が合意し、7月23日に合意文章に署名。9月26日、民主党が自由党を吸収合併する形で合流した。[[新進党]]分党以降の[[民社協会]]属す国会議員は[[米沢隆]]・[[中野寛成]]・[[川端達夫]]・[[高木義明]]・[[直嶋正行]]ら[[新党友愛]]→[[民主党]]合流した面々と、[[中井洽]]・[[西村真悟]]・[[塩田晋]]ら自由党結党参加した面々に分かれていたが約6年ぶりに再合流となった。
最終的には自由党が民主党の党役員・政策を継承することで[[菅直人]]代表と小沢党首が合意し、7月23日に合意文章に署名。9月26日、民主党が自由党を吸収合併する形で合流した。
[[新進党]]分党以降の[[民社協会]]属す国会議員は[[米沢隆]]・[[中野寛成]]・[[川端達夫]]・[[高木義明]]・[[直嶋正行]]([[全日本自動車産業労働組合総連合会|自動車総連]]支援)・[[勝木健司]]([[全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟|UIゼンセン同盟]]支援)・[[長谷川清 (政治家)|長谷川清]]([[全国電力関連産業労働組合総連合|電力総連]]支援)ら[[新党友愛]]→[[民主党]]合流した面々と、[[中井洽]]・[[西村真悟]]・[[塩田晋]]ら自由党結党参加した面々に分かれていたが約6年ぶりに再合流となった。


なお、1999年に自由党が政権に参加していた時期に、[[捜査機関]]による[[通信傍受]]を可能にする[[犯罪捜査のための通信傍受に関する法律|通信傍受法(盗聴法)]]や[[住基ネット]]によって[[住民票コード]]を管理するための[[住民基本台帳法]]改正で国民的議論が起こって賛否が起こる中で、与党自由党が賛成して野党民主党が反対した。通信傍受法については、民主党は従来の「廃止」から「凍結」に見解を変えている。
なお、1999年に自由党が政権に参加していた時期に、[[捜査機関]]による[[通信傍受]]を可能にする[[犯罪捜査のための通信傍受に関する法律|通信傍受法(盗聴法)]]や[[住基ネット]]によって[[住民票コード]]を管理するための[[住民基本台帳法]]改正で国民的議論が起こって賛否が起こる中で、与党自由党が賛成して野党民主党が反対した。通信傍受法については、民主党は従来の「廃止」から「凍結」に見解を変えている。

2021年8月2日 (月) 08:31時点における版

民由合併(みんゆうがっぺい)は、2003年(平成15年)に日本政党である民主党自由党が合併したことを指す。

概要

2002年(平成14年)、民主党代表鳩山由紀夫が自由党党首の小沢一郎に合併の申し込みを行った。小泉内閣の高支持率を背景に国政の主導権を握る与党自由民主公明両党に対して政権交代の展望を見出すため、非自民勢力の結集を狙ったものであった。

しかし、鳩山は2002年9月民主党代表選挙再選時に露骨な論功行賞をおこなったことや、補欠選挙の敗北により求心力を失っており、また合併に関して党内への事前説明が無く、新進党分党時の党首であった小沢に対する民主党内のアレルギー・嫌悪感があったことから党内世論は合併反対が多数を占めた。この結果、鳩山は党代表の辞任を表明、後任に合併に消極的な菅直人が就任したことで合併問題は白紙となった。

しかし、翌2003年(平成15年)には民主党内最大グループである鳩山グループが菅に自由党との合併圧力をかけて鳩山が離党も辞さない姿勢を示したことや、菅自身も非自民勢力を結集する必要性を感じていたことから、再度自由党との合併交渉を行った。

最終的には自由党が民主党の党役員・政策を継承することで菅直人代表と小沢党首が合意し、7月23日に合意文章に署名。9月26日、民主党が自由党を吸収合併する形で合流した。

新進党分党以降の民社協会属す国会議員は米沢隆中野寛成川端達夫高木義明直嶋正行自動車総連支援)・勝木健司UIゼンセン同盟支援)・長谷川清電力総連支援)ら新党友愛民主党合流した面々と、中井洽西村真悟塩田晋ら自由党結党参加した面々に分かれていたが約6年ぶりに再合流となった。

なお、1999年に自由党が政権に参加していた時期に、捜査機関による通信傍受を可能にする通信傍受法(盗聴法)住基ネットによって住民票コードを管理するための住民基本台帳法改正で国民的議論が起こって賛否が起こる中で、与党自由党が賛成して野党民主党が反対した。通信傍受法については、民主党は従来の「廃止」から「凍結」に見解を変えている。

藤井裕久は、2009年8月31日BS11デジタルINsideOUTで、民由合併への稲盛和夫松野頼三の関与について発言した。

関連項目