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「河野与一」の版間の差分

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== 参考文献 ==
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*{{Cite book|和書|year=1986|title=回想 河野與一 多麻|edition=私家版|publisher=岩波ブックセンター [[信山社]]}}
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*:[[桑原武夫]]・[[谷川徹三]]・[[田中美知太郎]]・[[丸山真男]]・[[寺田透]]・[[加藤周一]]・[[斎藤茂太]]・[[北杜夫]]ほか寄稿
*:[[桑原武夫]]・[[谷川徹三]]・[[田中美知太郎]]・[[丸山真男]]・[[寺田透]]・[[加藤周一]]・[[斎藤茂太]]・[[北杜夫]]ほか寄稿



2021年11月1日 (月) 08:49時点における版

河野 与一(こうの よいち、1896年(明治29年)9月12日 - 1984年(昭和59年)7月6日)は、日本の哲学者翻訳家與一とも表記する。

経歴

神奈川県生まれ。神戸で育ち、神戸一中から東京帝国大学哲学科卒。暁星中学校教師、第三高等学校教授、法政大学教授を経て、1927年(昭和2年)から東北帝国大学助教授。1946年(昭和21年)に教授となるが、1950年(昭和25年)に退官し、岩波書店の顧問として迎えられる。

多数の言語に通じ、フランス文学哲学古典語を講じた。1957年(昭和32年)、『プルターク英雄伝』の原典訳で読売文学賞を授賞されるが辞退した。また『アミエルの日記』の全訳も、河野一人が成し遂げた。

夫人河野多麻は『うつほ物語』の注釈で知られる平安朝文学研究者。言語学者河野六郎は弟。

著書

単書

  • 『ライプニツ単子論』岩波書店〈大思想文庫 第12〉、1936年。 復刊1985年
  • 『学問の曲り角』岩波書店、1958年1月。ISBN 4-00-000302-X 復刊1983年ほか
  • 『続 学問の曲り角』岩波書店、1986年6月。ISBN 4-00-000309-7 
  • 渡辺義雄編 編『哲学講話』岩波書店、1993年5月。ISBN 4-00-002703-4 音声録音とメモから起こした講義録
  • 原二郎編 編『新編 学問の曲り角』岩波書店〈岩波文庫〉、2000年6月。ISBN 4-00-311641-0 正・続の新編版・28編。

翻訳

その他

  • 「プラトーン」・「アウグスティーヌス」、岩波書店編 編『岩波講座 世界思潮』 第4冊、岩波書店〈岩波講座〉、1929年。 
  • 「デカルト」、岩波書店編 編『岩波講座 世界思潮』 第5冊、岩波書店〈岩波講座〉、1929年。 
  • 「現代仏蘭西哲学」上・下、岩波書店編 編『岩波講座 哲学』 第8、岩波書店〈岩波講座〉、1932年。 

参考文献

関連項目