「アメリカのアフガニスタン侵攻」の版間の差分
アフガニスタン紛争 (2001年-) へのリダイレクトを解除しました タグ: リダイレクト解除 モバイル編集 モバイルウェブ編集 曖昧さ回避ページへのリンク |
Meine Libe (会話 | 投稿記録) m Category:ラシッド・ドスタムを追加 (HotCat使用) |
||
91行目: | 91行目: | ||
[[Category:2010年代]] |
[[Category:2010年代]] |
||
[[Category:2020年代]] |
[[Category:2020年代]] |
||
⚫ | |||
[[Category:ジョージ・W・ブッシュ]] |
[[Category:ジョージ・W・ブッシュ]] |
||
[[Category:ラシッド・ドスタム]] |
|||
[[Category:ウサーマ・ビン・ラーディン]] |
[[Category:ウサーマ・ビン・ラーディン]] |
||
[[Category:ターリバーン]] |
[[Category:ターリバーン]] |
||
⚫ |
2021年12月16日 (木) 13:26時点における版
アメリカのアフガニスタン侵攻 | |
---|---|
![]() 作戦行動中のアメリカ軍 | |
戦争:アフガニスタン紛争 (2001年-) | |
年月日:2001年10月7日 〜 同年11月14日 | |
場所:アフガニスタン本土 | |
結果:アメリカ側の勝利、タリバン政権の崩壊。 | |
交戦勢力 | |
アメリカ側 | アフガニスタン側 |
指導者・指揮官 | |
戦力 | |
15万人 | 不明 |
損害 | |
58名戦死 | 不明 |
| |
アメリカのアフガニスタン侵攻(アメリカのアフガニスタンしんこう)とは、アメリカ同時多発テロを行った国際テロ組織アルカーイダの指導者ウサーマ・ビン・ラーディンを匿っているとしてアフガニスタンに侵攻し、同国のターリバーン政権を崩壊させた事件である。
前史
ソ連のアフガン侵攻とアメリカの支援
冷戦時代の1979年、共産主義とイスラム教の対立によってソ連・アフガン戦争が勃発し、ソ連軍がアフガニスタンに侵攻。ソ連と対立するアメリカは、ソ連軍と戦うムジャーヒディーンを支援した。結果的にソ連は敗北し、イスラム主義団体が勢力を伸ばした[1]。
湾岸戦争とイスラム主義勢力の反米化
1991年に湾岸戦争が勃発すると、アメリカを中心とする多国籍軍はクウェートに侵攻したイラクを攻撃するためサウジアラビアに駐留した。しかし、「異教徒の軍隊が我が物顔で振る舞っている」として現地のムスリム達の反感を買ってしまう[2]。
アメリカ同時多発テロ
ムスリム達の反米感情が高まった事によって以前にソ連軍と戦ったイスラム過激派組織も反米化し、ウサーマ・ビン・ラーディン率いる国際テロ組織アルカーイダは2001年9月11日、アメリカ同時多発テロを起こし、3,062人が犠牲となった[3]。
タリバン政権と北部同盟
ソ連・アフガン戦争での勝利以来、イスラム主義団体は勢力を伸ばし続け、イスラム過激派組織の一つ、ターリバーンは1996年にアフガニスタンの政権を奪取し、アフガニスタン・イスラム首長国を成立させた。だが、タリバンはアフガンの9割の領土を支配していたが、残りの1割は実効支配できておらず、反タリバン勢力である北部同盟が、その1割を支配していた。
戦争
開戦前夜
同時多発テロで自国民を虐殺されたアメリカのジョージ・W・ブッシュ大統領はテロとの戦いを宣言し、アルカーイダへの反撃を決定。しかし、アフガニスタンのターリバーン政権がアルカイダの指導者ビン・ラディンを匿っていた[4]ため、アメリカ政府はタリバン政権に対して犯人の引き渡しを要求するが、タリバンはこれを拒否した。
開戦
タリバンが犯人の引き渡しを拒否した事を受けて、アメリカは武力行使を決定し、2001年10月7日、アメリカ、イギリスはアフガニスタンへの空爆、侵攻を開始。ドイツも集団的自衛権を行使して参戦し[5]、以前からタリバンと対立していた北部同盟もアメリカ側に加勢した。
戦争の経過
- 10月7日 ブッシュ大統領、テレビ演説でアフガニスタンへの武力行使を発表。米軍、タリバン支配地域への空爆開始。B-2・B-52など戦略爆撃機を使用。空母から戦闘機による攻撃、巡航ミサイルも多数使用。
- 10月19日 米軍特殊部隊が到着。なお10月中は北部同盟は動かず。
- 11月 北部同盟軍が攻勢を開始。
- 11月9日 北部同盟軍が北部のマザーリシャリフ制圧、支配地域を大幅に拡大。
- 11月12日 アメリカ、北部同盟軍、ヘラートを制圧。
- 11月13日 アメリカ、北部同盟軍によりカブール陥落。首都陥落によりタリバン政権崩壊。
その後
タリバン政権は崩壊したものの、政権を追われたターリバーンは各地でゲリラ戦を展開し、戦争は泥沼化した。その後も戦争は終わらず、20年後の2021年ついに米軍が撤退するとタリバンが大攻勢を仕掛け、政権を奪還した[6]。