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'''ニコライ・マキシモヴィチ・ツィスカリーゼ'''({{Lang-ru|Николай Максимович Цискаридзе}}; {{Lang-ka|ნიკოლოზ ცისკარიძე}}、''Nik'oloz Cisk'aridze'')はロシアのバレエダンサー、バレエ教師[[ロシア連邦人民芸術家]]。
'''ニコライ・マキシモヴィチ・ツィスカリーゼ'''({{Lang-ru|Николай Максимович Цискаридзе}}; {{Lang-ka|ნიკოლოზ ცისკარიძე}}、''Nik'oloz Cisk'aridze'')はロシアのバレエダンサー、バレエ教師[[ロシア連邦人民芸術家]]。1992年に[[ボリショイ・バレエ団|ボリショイ・バレエ]]入団。2014年から[[ワガノワ・バレエ・アカデミー]]校長


== 経歴 ==
== 経歴 ==
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2013年6月にボリショイ劇場とのプリンシパルダンサー兼バレエ教師としての契約が終了すると、10月には[[ワガノワ・バレエ・アカデミー]]校長代理に就任。以後、後進の育成に専念。
2013年6月にボリショイ劇場とのプリンシパルダンサー兼バレエ教師としての契約が終了すると、10月には[[ワガノワ・バレエ・アカデミー]]校長代理に就任。以後、後進の育成に専念。





=== スキャンダル ===
=== スキャンダル ===
2013年1月17日、ボリショイ・バレエ団の芸術監督だったセルゲイ・フィーリンが何者かによって顔に硫酸をかけられる暴行事件が発生。2011年にフィーリンと芸術監督の座を争ったツィスカリーゼも容疑者の一人として事情聴取されたが、彼には事件当日に強力なアリバイがあった。
2013年1月17日、ボリショイ・バレエ団の芸術監督だったセルゲイ・フィーリンが何者かによって顔に硫酸をかけられる暴行事件が発生。2011年にフィーリンと芸術監督の座を争ったツィスカリーゼも容疑者の一人として事情聴取されたが、彼には事件当日に強力なアリバイがあった。
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2014年、モスクワ国立法律アカデミー(МГЮА)で法学修士号を取得。
2014年、モスクワ国立法律アカデミー(МГЮА)で法学修士号を取得。



2014年3月、[[ウクライナ]]への[[ウクライナ紛争 (2014年-)|軍事介入]]に関し、[[ウラジーミル・プーチン]]大統領を支持する書簡に署名。<ref>{{Cite web |url=http://mkrf.ru/press-tsentr/novosti/ministerstvo/deyateli-kultury-rossii-v-podderzhku-pozitsii-prezidenta-po-ukraine-i-krymu |title=Archived copy |accessdate=2014-03-11 |archiveurl=https://archive.today/20140311194202/mkrf.ru/press-tsentr/novosti/ministerstvo/deyateli-kultury-rossii-v-podderzhku-pozitsii-prezidenta-po-ukraine-i-krymu |archivedate=2014-03-11}}</ref>
2014年3月、[[ウクライナ]]への[[ウクライナ紛争 (2014年-)|軍事介入]]に関し、[[ウラジーミル・プーチン]]大統領を支持する書簡に署名。<ref>{{Cite web |url=http://mkrf.ru/press-tsentr/novosti/ministerstvo/deyateli-kultury-rossii-v-podderzhku-pozitsii-prezidenta-po-ukraine-i-krymu |title=Archived copy |accessdate=2014-03-11 |archiveurl=https://archive.today/20140311194202/mkrf.ru/press-tsentr/novosti/ministerstvo/deyateli-kultury-rossii-v-podderzhku-pozitsii-prezidenta-po-ukraine-i-krymu |archivedate=2014-03-11}}</ref>

== レパートリー ==
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ツィスカリーゼのレパートリーは以下を含む70以上の演目。 <ref>{{Cite web |language=en |url=https://www.bolshoi.ru/en/persons/people/12/ |title=Nikolai Tsiskaridze |publisher=The Bolshoi Theatre |accessdate=2020-11-27}}</ref>
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* ''[[くるみ割り人形]]'':王子
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* [https://www.instagram.com/tsiskaridzenikolay/ 公式Instagram]
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* [https://www.facebook.com/nmtsiskaridze 公式Facebook]
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== 参考文献 ==
[[Category:グルジア系ロシア人]]
[[Category:存命人物]]
[[Category:1973年生]]
[[Category:バレエダンサー]]
[[Category:ロシアのバレエダンサー]]</nowiki>


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2022年4月3日 (日) 16:55時点における版


ニコライ・マキシモヴィチ・ツィスカリーゼロシア語: Николай Максимович Цискаридзе; グルジア語: ნიკოლოზ ცისკარიძეNik'oloz Cisk'aridze)はロシアのバレエダンサー、バレエ教師。ロシア連邦人民芸術家。1992年にボリショイ・バレエ入団。2014年からワガノワ・バレエ・アカデミー校長。

経歴

生い立ち

1973年、グルジア・ソビエト社会主義共和国の首都トビリシで物理学者の母・ラマラのもとに生まれる。母親は当時42歳でオブニンスク原子力発電所で働いており、のちにトビリシ第162番学校の教師になった。[1]

ニコライは父親を知らずに育ったが、母が亡くなってから5年後、おばによって父の名を知ることとなり、その結果、20年に渡り隣人だったバイオリニストと異母兄弟であることが判明。[2]

活動歴

1984年にトビリシ・バレエ学校に入学。1987年には母の後押しでモスクワに送られボリショイ・バレエ・アカデミーに編入。ヴラジーミル・マラーホフらを育てた名教師ピョートル・ペストフに師事。[3]

1992年にアカデミーを卒業した後はユーリー・グリゴローヴィチに認められボリショイ・バレエ団に入団。ガリーナ・ウラノワマリナ・セミョーノワらに師事する。[4]

1995年にはプリンシパルに昇格。[5] 以来世界各国で活躍、ロシア国内でも人気を博し、ロシア版ダンシングウィズザスターズなど人気テレビ番組にも多数出演するようになる。

2001年には最年少でロシア人民芸術家の称号を獲得。

2013年6月にボリショイ劇場とのプリンシパルダンサー兼バレエ教師としての契約が終了すると、10月にはワガノワ・バレエ・アカデミー校長代理に就任。以後、後進の育成に専念。

スキャンダル

2013年1月17日、ボリショイ・バレエ団の芸術監督だったセルゲイ・フィーリンが何者かによって顔に硫酸をかけられる暴行事件が発生。2011年にフィーリンと芸術監督の座を争ったツィスカリーゼも容疑者の一人として事情聴取されたが、彼には事件当日に強力なアリバイがあった。

2013年6月30日にはツィスカリーゼとボリショイ劇場の契約が満了。ツィスカリーゼは以前からボリショイが古典レパートリーを海外の現代作品に置き換えたことを公然と批判しており、そのためツィスカリーゼと彼の生徒たちは役を与えられないなど不遇をかこっていた。[6][7] またボリショイ劇場の総工費500億円超にも及んだ大型改修工事を「昔は金箔だったのに今は金色のペンキで装飾がほどこされている」「バレリーナを高く持ち上げたら頭がぶつかりそうなほどリハーサル室の天井が低い」など相次ぎ指摘し、劇場上層部とは緊張関係にあった。

結局、ツィスカリーゼの生徒アンジェリーナ・ヴォロンツォーワと恋愛関係にあったソリストのパーヴェル・ドミトリチェンコが犯行を指示したとして6年の懲役となったが、労働組合長で守旧派からの人望の厚かったドミトリチェンコを慕う団員は多く、何者かかツィスカリーゼらの評判を落とすため仕組んだと考える者も多くあった。[8] そのため刑期を終えた現在のドミトリチェンコは、再びボリショイ劇場への出入りが可能となっている。

公的地位

2011年7月、大統領の文化芸術評議会のメンバーに任命される。[9]

2013年10月、ウラジーミル・メジンスキー文化大臣の命によりワガノワ名称国立ロシアバレエアカデミーの学長代理に任命され、1年後の2014年11月、教授、学生、さらには学校の食堂労働者を含む計244票のうち賛成227票で学長就任。[10] [11]

2014年、モスクワ国立法律アカデミー(МГЮА)で法学修士号を取得。

2014年3月、ウクライナへの軍事介入に関し、ウラジーミル・プーチン大統領を支持する書簡に署名。[12]

レパートリー

以下を含む70以上の演目。[13]

外部リンク

参考文献

  1. ^ Schulga, N. (2020年11月22日). “Николай Цискаридзе: "Чтобы выключить мозги, играю на компьютере"” (ロシア語). 'Trud' newspaper. 2020年11月24日閲覧。
  2. ^ Fedotova, V. (2020年3月21日). “"Похороны дольше месяца": Цискаридзе рассказал подробности о смерти матери” (ロシア語). Vechernyaya Moskva. 2020年11月24日閲覧。
  3. ^ Николай Цискаридзе: если меня решат убить на сцене, всё равно окончу партию” (ロシア語). Argumenty i Fakty (2014年4月11日). 2020年11月24日閲覧。
  4. ^ Brown, I. (2013年7月9日). “Bolshoi Ballet dismisses world star Nikolai Tsiskaridze” (英語). The Art Desk. 2020年11月27日閲覧。
  5. ^ Король балета” (ロシア語). Gazeta (2018年12月31日). 2020年11月24日閲覧。
  6. ^ Judith Mackrell (2013年10月29日). “Fired Bolshoi dancer Nikolai Tsiskaridze gets controversial new job”. The Guardian. 2017年1月4日閲覧。
  7. ^ Shuster, S. (2013-03-06). “Exclusive Interview: Did this Bolshoi Ballerina Inspire an Acid Attack?” (ロシア語). Time. https://world.time.com/2013/03/06/exclusive-interview-did-this-bolshoi-ballerina-inspire-an-acid-attack/ 2020年11月24日閲覧。. 
  8. ^ Mackrell, J. (2013年6月10日). “Bolshoi shows Nikolai Tsiskaridze the stage door” (英語). The Guardian. 2020年11月24日閲覧。
  9. ^ Медведев обновил состав совета по культуре и искусству” (ロシア語). RIA Novosti (2011年7月21日). 2020年11月24日閲覧。
  10. ^ Judith Mackrell (2013年7月22日). “Scandal rocked the Bolshoi this year when its artistic director had acid thrown in his face. Nikolai Tsiskaridze, the troupe's recently sacked principal dancer, tells Judith Mackrell why he thinks his injuries have been exaggerated”. The Guardian. 2017年1月4日閲覧。
  11. ^ Николай Цискаридзе избран ректором Вагановского училища” (ロシア語). Gazeta (2014年11月29日). 2020年11月24日閲覧。
  12. ^ Archived copy”. 2014年3月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年3月11日閲覧。
  13. ^ Nikolai Tsiskaridze” (英語). The Bolshoi Theatre. 2020年11月27日閲覧。