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「ポイントガード」の版間の差分

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また2004年9月6日サンズは、純血の[[日本国民]]で1996年[[横浜市立大道中学校]]1999年[[秋田県立能代工業高等学校]]卒業の173cmのポイントガード[[田臥勇太]]と本契約した。同年11月1日、開幕メンバーに登録され、ポジション名を番号では「'''1番'''」と呼ぶ事も有り同背番号与えられた。
日本人初のNBAプレイヤーとなった(なお、日系人としては、それ以前に[[ワッツ・ミサカ]]こと三阪亙という日系アメリカ人選手がいた)。田臥は開幕戦を含むレギュラーシーズン4試合出場したが一度も先発出来なかった(プレー時間は合計17分17秒、7得点3アシスト)が、同年12月18日に解雇された。

田臥は、自身と同じポイントガード[[ハワード・アイズリー]]が開幕直前に離脱したサンズの即戦力新人として[[マイク・ダントーニ]]ヘッドコーチの期待に応え、ナッシュのアドバイスや技術指導の成果も有り、
11月3日[[アトランタ・ホークス]]とのレギュラーシーズン開幕戦112-82の勝利に貢献、第4クオーター途中から本拠地アメリカウェストアリーナのコートに立ち、満員のスタンドから大きな拍手で迎えられた。第4クオーター5分過ぎにはフリースローで得点2。開幕戦で日本人選手としてNBA初得点を記録した。3点シュートも決め、この試合10分間プレーして7得点1アシスト。日本バスケ界及びスポーツ史にとって歴史的な日となった。自身のNBAレギュラーシーズン通算得点の全てを同試合で記録。


== 脚注 ==
== 脚注 ==

2023年4月9日 (日) 17:16時点における版

PGPoint Guard; PG、ポイントガード)は、バスケットボールのポジションの呼び名。ポジション名を番号では「1番」と呼ぶ。

概説

ポイントガードの「ポイント」とは得点ではなく線路の分岐器 (ポイント) を意味し、チームの司令塔の役割を担う。そのため、ポイントガードは通常チーム内で最も器用な選手が務める。チーム戦術によっては大きな選手が務めることもあるが、センターパワーフォワードとは違い高身長が要求されるわけではない。体格に関わりなく敏捷性、バスケットボールIQ[要曖昧さ回避]とリーダーシップが要求されるのは同じである。NBAの最低身長選手は160cmのマグシー・ボーグスであるが、ボーグスはリーダーシップを発揮する名ポイントガードとして知られた。

要求される能力

オフェンス時には優れたドリブルテクニックでボールを敵陣に確実に運び、ディフェンスの布陣や味方の状況を広い視野を持って的確に把握し、味方の得点をアシストしなければならない。必要な時には自らショットを決めることで相手ディフェンスを引きつけ、アシストする上でも有利となるようなショット力を必要と、ショットセレクションに関しては、最も厳しい要求のあるポジションである。またディフェンスも積極的でなければならず、スティールもできる判断力と、俊敏性も要求される。オフェンス、ディフェンス両方でゲームのリズムを保ち、あるいは変え、ゲームメイクする能力が要求され、その役割から「コート上のコーチ」とも呼ばれ、選手引退後コーチに転身する選手が多いポジションである。

ポイントガードは通常リバウンドに参加せず、リバウンドを取った選手からのアウトレットパスを受けやすい位置に動く。オフェンスからディフェンスへの切り替え時にはセーフティとなり敵の速攻を止めたり、遅らせたりする。ゲームメイクには戦術を指示するだけでなく、リズムが悪いときなどに前向きな声を出して、チームを活気づけることも重要になってくる。

プレースタイル

ポイントガードのスタイルによりチームのスタイルが決まる。オールラウンドであることが理想であるが、NBAでさえも、攻撃主体のプレーヤーと、アシストとディフェンスでゲームメイクを主体とするプレーヤーとに分かれる。攻撃型ポイントガードを中心としたチームは、ポストマンのセンターシューティングガードによってアシストされる場合も多くなる。アシストを得意とするポイントガードは、ピックアンドロールなど、大型選手を使いこなす技量を併せ持っている場合が多い。他にもコントロール型のポイントガードもあり、チームの精神的支柱として声をだしたり指示をしたりしてチームをコントロールするポイントガードもいる。そのためには安定したボール運びや指示、時には自分で得点をするなど、常に冷静で周りが見えるようにならなければならない。

レブロン・ジェームズに代表されるが、当初ポイントガードを経験させ、オールラウンダーに成長させる例もある。

歴代のポイントガード

NBAでは様々な世代に傑出したポイントガードが存在する。

ジョン・ストックトンは15,806アシスト、3,265スティールともに歴代1位である[1]カール・マローンと共に、ピック&ロールでユタ・ジャズ最強時代を築き、華麗なプレーを見せた[2]

アシスト数2位のジェイソン・キッドは12,091アシスト、2,684スティールを記録している。晩年にダーク・ノヴィツキー率いるダラス・マーベリックスで初めて優勝を経験した。

アシスト数3位のスティーブ・ナッシュは10,335アシストを記録している。優勝経験こそないが、フェニックス・サンズの7秒オフェンスはリーグを席巻し、30代で2回のシーズンMVPを獲得した選手である。

アシスト数ベスト10の中で最も優勝回数の多いプレーヤーはマジック・ジョンソンであり、5度のチャンピオンに輝いている。1987年のアシスト王であったジョンソン以降、アシスト王を獲得した選手の所属チームはチャンピオンになっていない。近年は、ポイントガードにアシストを集中させず、全体でのボールムーブメント向上を図っているチームがチャンピオンを獲得する傾向が見られる。2014年のサンアントニオ・スパーズに象徴されるように、全てのポジションが起点(ポイント)となりうることが、スイングマンポイントフォワードなどの複合ポジションの台頭を後押ししている[3][4]

脚注