2006 ワールド・ベースボール・クラシック
2006 ワールド・ベースボール・クラシック(2006 World Baseball Classic)は、野球における全世界規模の国・地域別対抗戦ワールド・ベースボール・クラシックの第1回大会で、2006年3月3日から3月20日の間に行われた。この大会では日本代表が優勝を遂げ、WBCの初代王者となった。
第1回大会概要
- 総試合数:39試合
- 総入場者数:73万7,112人(目標入場者数 : 80万人)
- 1試合平均入場者数:約1万8,900人
- 大会収支:黒字(2006年5月12日に、ニューヨークで開かれた運営委員会において、大会収支が黒字であることが報告された。なお、詳細は公表されていない)
全体日程
(日付は全て現地時間)
1次リーグ | 2次リーグ | 準決勝 | 決勝 | ||
---|---|---|---|---|---|
POOL A | 日本 | 3/3-5 日本 東京 総当たり |
A、B組上位 各2チーム 3/12-16 アメリカ合衆国 アナハイム 総当たり |
1位、2位 3/18 アメリカ合衆国 サンディエゴ |
3/20 アメリカ合衆国 サンディエゴ |
韓国 | |||||
チャイニーズタイペイ | |||||
中国 | |||||
POOL B | アメリカ合衆国 | 3/7-10 アメリカ合衆国 フェニックス 総当たり | |||
カナダ | |||||
メキシコ | |||||
南アフリカ共和国 | |||||
POOL C | プエルトリコ | 3/7-10 プエルトリコ サンフアン 総当たり |
C、D組上位 各2チーム 3/12-15 プエルトリコ サンフアン
|
1位、2位 3/18 アメリカ合衆国 サンディエゴ | |
キューバ | |||||
パナマ | |||||
オランダ | |||||
POOL D | ドミニカ共和国 | 3/7-10 アメリカ合衆国 オーランド 総当たり | |||
ベネズエラ | |||||
オーストラリア | |||||
イタリア |
大会の進行と各試合の結果
1次リーグ
参加16か国・地域を各グループ4か国・地域の4グループに分け、それぞれ2006年3月3日から10日まで総当りリーグ戦を行い、上位2か国がRound 2(2次予選リーグ)へ進出する。(POOL Aだけ、アメリカでの2次予選の遠征移動の都合がある関係で3月3-5日、他は3月7-10日に実施)
- POOL A(アジア組)/会場:東京ドーム
- 日本(JPN)、韓国(KOR)、チャイニーズ・タイペイ(TPE)、中国(CHN)
- アジアグループはアサヒビールの特別協賛により「アサヒスーパードライ プレゼンツ・ワールド・ベースボール・クラシック アジアラウンド」の名称で開催された。また大会直前の2月24日-2月26日=福岡Yahoo!JAPANドームと2月28日、3月1日=東京ドームには、日本代表を含むアジアラウンド出場4カ国と日本のプロ野球チーム(12球団選抜、千葉ロッテマリーンズ、読売ジャイアンツなど)との練習試合が行われた。
# | チーム名 | KOR | JPN | TPE | CHN | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 韓国 | - | ○3-2 | ○2-0 | ○10-1 | 3 | 0 | 0 | 15 | 3 |
2 | 日本 | ●2-3 | - | ○14-3 | ○18-2 | 2 | 0 | 1 | 34 | 8 |
3 | ファイル:Chinese Taipei Olympic Flag.svg 台湾 | ●0-2 | ●3-14 | - | ○12-3 | 1 | 0 | 2 | 15 | 19 |
4 | 中国 | ●1-10 | ●2-18 | ●3-12 | - | 0 | 0 | 3 | 6 | 40 |
- POOL B(アメリカA組)/会場:チェイス・フィールド、スコッツデール・スタジアム
# | チーム名 | MEX | USA | CAN | RSA | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | メキシコ | - | ●0-2 | ○9-1 | ○10-4 | 2 | 0 | 1 | 19 | 7 |
2 | アメリカ合衆国 | ○2-0 | - | ●6-8 | ○17-0 | 2 | 0 | 1 | 25 | 8 |
3 | カナダ | ●1-9 | ○8-6 | - | ○11-8 | 2 | 0 | 1 | 20 | 23 |
4 | 南アフリカ共和国 | ●4-10 | ●0-17 | ●8-11 | - | 0 | 0 | 3 | 12 | 38 |
3チームが2勝1敗で並び、大会規定による失点率でメキシコ、アメリカ合衆国が2次リーグに進出した。
- POOL C(プエルトリコ組)/会場:ヒラム・ビソーン・スタジアム
# | チーム名 | PUR | CUB | NLD | PAN | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | プエルトリコ | - | ○12-2 | ○8-3 | ○2-1 | 3 | 0 | 0 | 22 | 6 |
2 | キューバ | ●2-12 | - | ○11-2 | ○8-6 | 2 | 0 | 1 | 21 | 20 |
3 | オランダ | ●3-8 | ●2-11 | - | ○10-0 | 1 | 0 | 2 | 15 | 19 |
4 | パナマ | ●1-2 | ●6-8 | ●0-10 | - | 0 | 0 | 3 | 7 | 20 |
- POOL D(アメリカB組)/会場:クラッカージャック・スタジアム
# | チーム名 | DOM | VEN | ITA | AUS | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | ドミニカ共和国 | - | ○11-5 | ○8-3 | ○6-4 | 3 | 0 | 0 | 25 | 12 |
2 | ベネズエラ | ●5-11 | - | ○6-0 | ○2-0 | 2 | 0 | 1 | 13 | 11 |
3 | イタリア | ●3-8 | ●0-6 | - | ○10-0 | 1 | 0 | 2 | 13 | 14 |
4 | オーストラリア | ●4-6 | ●0-2 | ●0-10 | - | 0 | 0 | 3 | 4 | 18 |
2次リーグ
POOL AとB、そしてPOOL CとDのそれぞれ上位2か国が同じ組となり、アメリカ・カリフォルニア州アナハイムのエンゼル・スタジアム・オブ・アナハイムとサンフアン (プエルトリコ)のヒラム・ビソーン・スタジアムで3月13日から15日までの3日間に総当りリーグ戦を行う。上位2か国が準決勝進出。
- POOL 1(アメリカ組)/会場:エンゼル・スタジアム・オブ・アナハイム
# | チーム名 | KOR | JPN | USA | MEX | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 韓国 | - | ○2-1 | ○7-3 | ○2-1 | 3 | 0 | 0 | 11 | 5 |
2 | 日本 | ●1-2 | - | ●3-4 | ○6-1 | 1 | 0 | 2 | 10 | 7 |
3 | アメリカ合衆国 | ●3-7 | ○4-3 | - | ●1-2 | 1 | 0 | 2 | 8 | 12 |
4 | メキシコ | ●1-2 | ●1-6 | ○2-1 | - | 1 | 0 | 2 | 4 | 9 |
3チームが1勝2敗で並び、大会規定による失点率で日本が準決勝に進出した。
- POOL 2(プエルトリコ組)/会場:ヒラム・ビソーン・スタジアム
# | チーム名 | DOM | CUB | VEN | PUR | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | ドミニカ共和国 | - | ○7-3 | ○2-1 | ●1-7 | 2 | 0 | 1 | 10 | 11 |
2 | キューバ | ●3-7 | - | ○7-2 | ○4-3 | 2 | 0 | 1 | 14 | 12 |
3 | ベネズエラ | ●1-2 | ●2-7 | - | ○6-0 | 1 | 0 | 2 | 9 | 9 |
4 | プエルトリコ | ○7-1 | ●3-4 | ●0-6 | - | 1 | 0 | 2 | 10 | 11 |
準決勝
2次リーグで各組の1位と2位が、そのまま3月18日にアメリカのカリフォルニア州サンディエゴにあるペトコ・パークで準決勝1試合を行う。勝利したチームが決勝進出。今回は敗れた国はベスト4という位置づけになるため、3位決定戦は行われなかったが、将来的には3位決定戦を新設する予定。
- POOL 1/会場:ペトコ・パーク
- 韓国 0 - 6 日本(日本が決勝進出、韓国はベスト4確定)
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 | H | E | |
日本 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 1 | 0 | 6 | 11 | 0 |
韓国 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 |
- POOL 2/会場:ペトコ・パーク
- ドミニカ共和国 1 - 3 キューバ(キューバが決勝進出、ドミニカ共和国はベスト4確定)
- 勝利投手 ペドロ・ルイス・ラソ 1勝
- 敗戦投手 オダリス・ペレス 2勝1敗
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 | H | E | |
キューバ | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 3 | 12 | 3 |
ドミニカ共和国 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 8 | 1 |
決勝
準決勝で勝利した2か国が3月20日にアメリカで決勝戦1試合を行う。試合会場はサンディエゴのペトコ・パーク。
- 会場:ペトコ・パーク
- キューバ 6 - 10 日本(優勝:日本、2位:キューバ)
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 | H | E | |
日本 | 4 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 4 | 10 | 10 | 3 |
キューバ | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 2 | 1 | 6 | 11 | 1 |
観客動員数
*括弧内は左から順に所属グループ等、会場、試合開始時間、試合時間である。
- 2006年3月3日(金) 韓国-台湾 5,193人(1次リーグA組、東京ドーム、11時33分、3時間19分) 日本-中国 15,869人(1次リーグA組、東京ドーム、18時38分、3時間4分)
- 2006年3月4日(土) 中国-韓国 3,925人(1次リーグA組、東京ドーム、11時10分、2時間52分) 日本-台湾 31,047人(1次リーグA組、東京ドーム、18時04分、3時間10分)
- 2006年3月5日(日) 台湾-中国 4,577人(1次リーグA組、東京ドーム、11時10分、3時間31分) 韓国-日本 40,353人(1次リーグA組、東京ドーム、18時08分、3時間02分)
- 2006年3月7日(火) メキシコ-アメリカ 32,727人(1次リーグB組、チェイス・フィールド、14時00分、2時間6分) カナダ-南アフリカ 5,829人(1次リーグB組、スコッツデール・スタジアム、19時00分、3時間38分) パナマ-プエルトリコ 19,043人(1次リーグC組、ヒラム・ビソーン・スタジアム、20時00分、2時間47分) ドミニカ共和国-ベネズエラ 10,645人(1次リーグD組、クラッカー・ジャック・スタジアム、13時00分、3時間16分) オーストラリア-イタリア 8,099人(1次リーグD組、クラッカー・ジャック・スタジアム、20時00分、2時間16分)
- 2006年3月8日(水) キューバ-パナマ 6,129人(1次リーグC組、ヒラム・ビソーン・スタジアム、14時00分、4時間11分) カナダ-アメリカ 16,993人(1次リーグB組、チェイス・フィールド、14時00分、3時間2分) 南アフリカ-メキシコ 7,937人(1次リーグB組、スコッツデール・スタジアム、19時00分、3時17分) イタリア-ベネズエラ 10,101人(1次リーグD組、クラッカー・ジャック・スタジアム、19時00分、2時間48分) プエルトリコ-オランダ 15,570人(1次リーグC組、ヒラム・ビソーン・スタジアム、20時30分、3時間29分)
- 2006年3月9日(木) キューバ-オランダ 7,657人(1次リーグC組、ヒラム・ビソーン・スタジアム、20時00分、3時間19分) メキシコ-カナダ 15,744人(1次リーグB組、チェイス・フィールド、18時00分、3時間) イタリア-ドミニカ共和国 9,949人(1次リーグD組、クラッカー・ジャック・スタジアム、13時00分、2時間39分) ベネズエラ-オーストラリア 10,111人(1次リーグD組、クラッカー・ジャック・スタジアム、20時00分、2時間45分)
- 2006年3月10日(金) プエルトリコ-キューバ 19,736人(1次リーグC組、ヒラム・ビソーン・スタジアム、20時30分、3時間1分) アメリカ-南アフリカ 11,975人(1次リーグB組、スコッツデール・スタジアム、13時00分、1時47分) オーストラリア-ドミニカ共和国 11,083人(1次リーグD組、クラッカー・ジャック・スタジアム、19時00分、2時間52分) オランダ-パナマ 6,337人(1次リーグC組、ヒラム・ビソーン・スタジアム、14時00分、2時間18分)
- 2006年3月12日(日) 日本-アメリカ 32,896人(2次リーグ1組、エンゼル・スタジアム・オブ・アナハイム、13時00分、3時間9分) キューバ-ベネズエラ 13,697人(2次リーグ2組、ヒラム・ビソーン・スタジアム、14時00分、2時間56分) メキシコ-韓国 42,979人(2次リーグ1組、エンゼル・スタジアム・オブ・アナハイム、20時00分、2時間57分) プエルトリコ-ドミニカ共和国 19,692人(2次リーグ2組、ヒラム・ビソーン・スタジアム、21時00分、3時間1分)
- 2006年3月13日(月) ドミニカ共和国-キューバ 6,594人(2次リーグ2組、ヒラム・ビソーン・スタジアム、15時00分、3時間48分) アメリカ-韓国 21,288人(2次リーグ1組、エンゼル・スタジアム・オブ・アナハイム、19時00分、3時間27分) ベネズエラ-プエルトリコ 19,400人(2次リーグ2組、ヒラム・ビソーン・スタジアム、21時00分、3時間9分)
- 2006年3月14日(火) 日本-メキシコ 16,591人(2次リーグ1組、エンゼル・スタジアム・オブ・アナハイム、16時00分、2時間36分) ベネズエラ-ベドミニカ共和国 13,007人(2次リーグ2組、ヒラム・ビソーン・スタジアム、20時00分、3時間2分)
- 2006年3月15日(水) 韓国-日本 39,679人(2次リーグ1組、エンゼル・スタジアム・オブ・アナハイム、19時00分、2時間44分) キューバ-プエルトリコ 19,773人(2次リーグ2組、ヒラム・ビソーン・スタジアム、20時間00分、3時間56分)
- 2006年3月16日(木) アメリカ-メキシコ 38,284人(2次リーグ1組、エンゼル・スタジアム・オブ・アナハイム、16時30分、2時間50分)
- 2006年3月18日(土) キューバ-ドミニカ 41,268人(準決勝、ペトコ・パーク、12時00分、3時間42分) 日本-韓国 42,639人(準決勝、ペトコ・パーク、19時00分、2時間40分・45分間の中断あり)
- 2006年3月20日(月) 日本-キューバ 42,696人(決勝、ペトコ・パーク、18時00分、3時間40分)
総試合数:39試合 総入場者数:737,112人(目標入場者数:80万人) 1試合平均入場者数:約1万8900人
戦評
予選2次リーグ
- POOL1
1次リーグではそれぞれカナダ、韓国に敗れるという波乱もあったものの、アメリカと日本が本命視されていた。しかし、韓国代表が三戦全勝で準決勝進出を決定した以外は混沌のリーグ戦となった。
アメリカ代表は日本代表から誤審の助けも借りて辛勝したのみで、韓国戦では先発のドントレル・ウィリスがカナダ戦と同様に乱調、最終戦のメキシコにも負けて1勝2敗。日本代表もアメリカ戦、韓国戦と惜敗して1勝2敗。メキシコ代表はアメリカにのみ勝利してやはり1勝2敗と戦績では3チームが並んだために、ルールによって失点率の少なかった日本が準決勝に進出した。
- POOL2
ドミニカ共和国、ベネズエラ、キューバ、プエルトリコという中米の強豪国が集合したいわゆる死のグループとなった。このグループ分けは抽選ではなく事前に決められていたために批判の的となった。
準決勝
- 日本 - 韓国戦
- 予選リーグから数えて短期間で3度目の対戦となった日本と韓国。対韓国戦2連敗の日本はオーダーに大きく手を加えてきた。これまでリードオフマン(1番)として起用してきたイチローを3番に組み込んだのだ。先発は上原浩治とソ・ジェウン。6回までは単発ではヒットが出るものの両軍共に無得点と典型的な投手戦、そして過去2回の対戦と同様の展開となった。
- しかし、4番の松中信彦が先頭打者となった7回の表、試合は大きく動いた。まず、松中がライト線への二塁打を放つ。ここで韓国はキム・ビョンヒョンをマウンドに送り、後続の多村仁を凡退させる。日本は、これまで完全に抑えこまれていたためにスタメン落ちしていた福留孝介を代打として送り出した。福留はその期待に応えてライトスタンドへツーランホームラン。これに動揺したのか、キムは小笠原道大に死球、暴投で1死2塁となったところで里崎智也にエンタイトルツーベースを打たれ、3点目を献上。この時、韓国は本来であれば日本打線をよく知っているク・デソンを起用したかったところなのだが、故障のためにキムに投げさせるしかなかったという。その後、川崎宗則のセカンドゴロが進塁打となったものの二死。しかし、ここから日本代表は宮本慎也、西岡剛、イチローが三連打。打者一巡で5点を挙げた。8回の表にも多村のソロホームランで追加点を挙げた日本代表は上原が7回を無失点、8回は薮田安彦、9回には守護神大塚晶則を投入し完封リレー。6-0と完勝で決勝へと駒を進めた。
- キューバ - ドミニカ戦
アマチュア軍団と大リーグのオールスターが中南米最強の座を争うことになった。2次リーグでは強力打線のドミニカが7-3で勝利を収めているが、準決勝は予想に反して投手戦となる。
- キューバは、大会当初はリリーフながら無失点の活躍を見せたヤデル・マルティを先発に起用。対するドミニカは大黒柱であるバートロ・コローンが先発。両投手はともに5回まで0点に抑えるが、6回裏二死から二塁手ユリエスキー・グリエルの失策でドミニカが先制。しかしキューバの抑えの切り札ペドロ・ラソが後続を断ち、逆転に望みをつないだ。コローンは好投を続けていたが、指に血マメができてしまい7回からオダリス・ペレスに継投する。その7回表、キューバはグリエルが内野安打で出塁し、失策・捕逸をからめ内野ゴロの間に同点、さらに主砲オスマニ・ウルティアの適時打とアレクセイ・ラミレスの犠飛で3-1と逆転に成功した。ラソは7回以降もドミニカ打線を封じ、このリードを守りきってキューバに勝利をもたらした。
- 両軍投手陣の好投により打線が寸断される中、追加点の好機を活かせなかったドミニカとミスにつけ込んでしたたかに得点を重ねたキューバ。数少ない得点機での攻防が勝敗を分ける結果になった。
決勝戦
- 日本 - キューバ戦
キューバは準決勝のドミニカ共和国戦において、二枚看板といえるエース級のマルティ、そしてラソがそれぞれ先発・ロングリリーフで登板したために、WBC特別ルールによって決勝戦には登板できなかった。一方で日本は韓国戦において上原が7回まで抑えて中継ぎ陣を温存できたため、投手陣に余裕を持たせていた。その投手力の違いは1回表の日本代表の攻撃から明確に表れた。
2本の内野安打と四球で1死満塁としたところで、キューバは早くも先発のオルマリ・ロメロをあきらめてビショアンドリ・オデリンに継投。しかし、オデリンも制球が定まらずに四球とデッドボールで2点を献上し、さらに今江敏晃がセンター前へのタイムリーヒットを放って2点を追加。日本は初回に一挙4点を挙げる。
日本の先発・松坂大輔は1回裏の先頭打者にホームランを浴びるものの、これで気が引き締まったのか4回までをこの1失点のみに抑え、5奪三振の好投。日本代表は5回表にもイチローの二塁打が口火を切り、ヒット3本と犠牲バント、犠牲フライで2点を奪った。5回終了時点でキューバがマウンドに送った投手は実に5人にものぼった。
一方、日本も早めの継投で5回から渡辺俊介をマウンドに送る。実は試合開始直前の投球練習で松坂は首の筋を痛めており、1回表の攻撃が長かったおかげで、その間にマッサージを施してある程度は回復していたもの、コンディションは決して万全ではなかった。そのため渡辺の登板はかなり繰り上げられたものであったという。幸い、渡辺のアンダースローはキューバの強力打線にも通用し、6回表にエラーがらみで2点を奪われたものの3回0/3を好投する。しかし、このあたりから準決勝までは軽快な動きを見せていた川崎が内野ゴロをファンブルするなど、微妙に日本の内野陣に緊張が見られるようになり、攻撃面でも6、7、8回と3回連続で三者凡退に終わって精彩を欠くようになった。
8回裏、キューバの先頭打者に内野安打が出たところで渡辺は降板、藤田宗一が投入された。藤田は1アウトを取るもののフレデリク・セペダにツーランホームランを浴びてしまい、ついにスコアは6-5と1点差。ここで王監督は抑えの守護神・大塚をマウンドに送る。大塚はわずか4球でふたつのアウトを取り最終回へ。
9回の表、日本は途中出場の金城龍彦がエラーで塁に出るものの、川崎の送りバントがキューバの好守に阻まれて失敗し一死一塁。しかし、西岡のセーフティプッシュバントが成功して一死一、二塁とし、迎える打者はイチロー。ここでイチローは見事にライト前ヒットを放ち、二塁から川崎が本塁に突入。捕手のタッチをかい潜り日本は貴重な追加点を得た(詳しくは神の右手を参照)。キューバはこの後、一死二、三塁のピンチから松中を敬遠で塁を埋めた。ここで王監督は韓国戦で代打ホームランを打った福留を打席に送る。福留は今回も期待に応えてタイムリーヒット。2点を追加し、さらに小笠原の犠牲フライでこの回だけで4点を挙げる。ここで勝負はほぼ決まったと言っても過言ではない状態となった。
その裏、大塚は二塁打、内野安打を打たれて1点を献上するものの、最後は二者連続三振でゲームセット。日本代表が世界一と初代王者の栄冠を勝ち取った。
最終結果
- 優勝:日本
- 準優勝:キューバ
- ベスト4:韓国・ドミニカ共和国
- 2次リーグ進出国:メキシコ・アメリカ・プエルトリコ・ベネズエラ
- 1次リーグ参加国:台湾・中国・カナダ・南アフリカ・パナマ・オランダ・オーストラリア・イタリア
優秀選手・MVP
優秀選手(投手3人・指名打者を含む12名)
- 投手 松坂大輔(日本 / 西武ライオンズ)、朴賛浩(韓国 / サンディエゴ・パドレス)、ヤデル・マルティ(キューバ / ロス・レオネス・インダストリアレス)
- 捕手 里崎智也(日本 / 千葉ロッテマリーンズ)
- 一塁手 李承燁(韓国 / 読売ジャイアンツ)
- 二塁手 ユリエスキー・グリエル(キューバ / ロス・ガジョス・デ・サンクティ・スピリトゥス)
- 三塁手 エイドリアン・ベルトレ(ドミニカ共和国 / シアトル・マリナーズ)
- 遊撃手 デレク・ジーター(米国 / ニューヨーク・ヤンキース)
- 外野手 イチロー(日本 / シアトル・マリナーズ)、ケン・グリフィー・ジュニア(米国 / シンシナティ・レッズ)、李鍾範(韓国 / 起亜タイガース)
- 指名打者 ヨアンディ・ガルロボ(キューバ / ロス・ココドゥリロス・デ・マサンタス)
最優秀選手(MVP)
- 松坂大輔(日本 / 西武ライオンズ)
日本戦のテレビ放送時間
地上波では日本戦を生中継した。またCS放送の「J SPORTS」では全試合を完全生中継した。
またテレビの他にも、準決勝第二試合(日本×韓国)ではTBSラジオ、決勝(日本×キューバ)ではニッポン放送などというように、AMラジオでも放送された。
WBCは系列外ネットはされていない。またBSでも放送はない。
1次リーグ
2次リーグ
- 2006年3月13日5時45分~ 日本テレビ 対アメリカ戦
- 2006年3月15日8時55分~ テレビ朝日 対メキシコ戦
- 2006年3月16日11時55分~ TBS 対韓国戦(この試合はTBSは午後からの録画放送をする予定であったが、この試合が日本の準決勝進出がかかる試合だったため、メキシコ戦の後、急遽生放送に変更した)
準決勝
- 2006年3月19日11時50分~ TBS 対韓国戦
※雨で45分間中断した影響で試合が延び、15時30分迄には終了せず、一部の地域では延長して放送された。岩手、宮城、長野、山梨、静岡、中部広域圏(愛知・岐阜・三重)、富山 、石川 、新潟 、岡山・香川広域圏、愛媛、高知、福岡、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄では、15時30分から『女子ゴルフ:近未來通信クイーンズオープン』(MBC南日本放送製作)の中継中、右上枠に小さく中継された。なお、このゴルフ中継が生放送でなかった事から、一部の視聴者からは「何故WBCを優先した編成が出来なかったのか」と当該地域の各テレビ局やゴルフ主催者の近未來通信に対して批判の声が上がった。また、同ゴルフはBS-iでも放送された他、WBCを優先した局でも深夜に放送した局がある。
試合の視聴率は関東地区36.2%、関西地区35.0%、名古屋地区31.6%、北部九州地区34.7%を記録した。関東地区の最高瞬間視聴率は終了直前に記録した50.3%で、試合途中で放送を終えた局には多数の苦情が寄せられた。
最近のスポーツ中継における最高視聴率はトリノオリンピックで荒川静香が金メダルを獲得した瞬間の31.8%だった。
決勝
- 2006年3月21日10時45分~ 日本テレビ 対キューバ戦
※ | 中継は、13時55分迄だったが、試合が延び、15時15分迄延長して放送された。15時15分から『ザ・ワイド』の中でもWBC関連のニュースが放送された。 |
※ | ビデオリサーチによると関東地区の平均視聴率は43.4%。瞬間最高視聴率は王監督が胴上げされた14時58分に記録された56.0%である(なお日本ではこの日は偶然にも春分の日で祝日であった)。 |
※ | ただし、次の地域では放送なし。※1佐賀県 ※2沖縄県 ※3大分県 宮崎県 |
※1 | ネット局が存在しないため。ただし、佐賀では近県のネット局FBS等を受信できるため、実際の視聴は可能であった。 |
※2 | 沖縄には日本テレビ系のテレビ局がなく放送の予定がなかったが、視聴者の要望を受けてTBS系の琉球放送が急遽深夜に録画したものを放送することが決まった。 |
※3 | 大分と宮崎は日本テレビ系ネット局のテレビ大分とテレビ宮崎があるが、いずれもフジテレビ(テレビ宮崎はテレビ朝日も)とのクロスネット局であり、その関係でフジテレビの番組をネットするため。 |
- 準決勝・決勝とも代表チームが進出しなかったアメリカで取り扱ったのはESPN一局で、その放送もNCAAの他のスポーツ中継(レスリング=準決勝時、バスケットボール2次予選、ノートルダム-ミシガン大学戦の延長戦=決勝時)のため試合途中からの放送だった。
君が代を放送しなかったり、王貞治監督がトロフィーを掲げる瞬間にCMを放送した日本テレビには多数の苦情が寄せられた。
WBC第1回大会にまつわる逸話
開催までの経緯
- 元々2005年3月に国際大会スーパーワールドカップ(仮称)が予定されていたが、日本野球機構・韓国野球委員会の「MLB機構主催ではなく、きちんと大会運営組織を作るべきだ」などといった反対意見によって1年延期されたという経緯がある。2006年にWBCが提唱された際も同じ理由を基に日本・韓国等が当初は反対したが、利益分配率が再検証された結果韓国は参加を決定した。その後も日本野球機構は日本の市場規模に対して利益分配率が低いと反発し続け、2005年6月まで大会不参加をチラつかせて協議をしたが、MLB機構が参加の回答期限を2005年6月末と区切った事で、今後も大会運営について協議を続けるという方針ながら大筋で大会参加に同意した(「(野球の)国際的な発展を目指すという大義がある」との説明が機構からなされている)。更にオープン戦が行われている3月の調整時期の開催や補償問題で最後まで大会参加を拒否していた日本プロ野球選手会も、NPB側が出場手当や故障時の年俸補償といった条件を見直して説得した事で折れ、最終的に日本(NPB)の大会参加が決定した。
- 第1回大会 日本代表チームは基本的にはプロ野球選手を主とした編成とし、監督には福岡ソフトバンクホークス監督兼ゼネラルマネージャー・王貞治が就任した。
参加・不参加を巡る逸話
参加を表明したメジャーリーガー
12月5日に米大リーグ機構はその時点で出場に合意した大リーグ所属の177選手を発表した。ドミニカ共和国代表にペドロ・マルティネス投手(ニューヨーク・メッツ)、デビッド・オルティス内野手(ボストン・レッドソックス)、アルバート・プホルス内野手(セントルイス・カージナルス)、ロビンソン・カノ内野手(ニューヨーク・ヤンキース)ら29人。オランダはアンドリュー・ジョーンズ外野手(アトランタ・ブレーブス)、プエルトリコはイバン・ロドリゲス捕手(デトロイト・タイガース)、ベネズエラはヨハン・サンタナ投手(ミネソタ・ツインズ)ら大リーグ各チーム主力の名前が並んだ。米国代表にはバリー・ボンズ外野手(サンフランシスコ・ジャイアンツ)、ロジャー・クレメンス投手(前ヒューストン・アストロズ)らのほかに、オーナーが出場に消極的と伝えられているニューヨーク・ヤンキースのデレク・ジーター内野手ら42人が名を連ねた。
不参加を表明したメジャーリーガー
アメリカ合衆国
- バリー・ボンズ外野手(サンフランシスコ・ジャイアンツ)-- 2006年1月に健康(昨年手術した両膝)を理由に不参加を表明。ただし、60人ロースターには名を連ねる。
- ゲーリー・シェフィールド外野手(ニューヨーク・ヤンキース)
- ランディ・ジョンソン投手(ニューヨーク・ヤンキース)
- C・C・サバシア投手(クリーブランド・インディアンス)
- ビリー・ワグナー投手(ニューヨーク・メッツ)
プエルトリコ
- ホルヘ・ポサダ捕手(ニューヨーク・ヤンキース) -- 所属球団が正式に書簡でコミッショナー事務局に怪我の恐れを理由に出場させないように要望。ポサダは選手会を使いこれに異議を唱えることもできたが、チームと争うことを望まず出場を見送った(ただし、彼の母国プエルトリコはイバン・ロドリゲス、モリーナ兄弟など彼と同等かそれ以上の実力を持つ捕手が複数いるため、参加したとしても出場できるかは微妙であった。その後、出場しなかったポサダは大会期間中のスプリング・トレーニングにて打球を顔面に受けて骨折の怪我をした)。
ドミニカ共和国
- ペドロ・マルティネス投手(ニューヨーク・メッツ) -- つま先のけがを理由に開催直前の3月に入って代表を辞退。
- マニー・ラミレス外野手(ボストン・レッドソックス) -- 当初は出場に意欲的だったが、突然辞退を表明。理由は不明。
- ブラディミール・ゲレーロ外野手(ロサンゼルス・エンゼルス) -- 大会直前に親戚が事故死したショックのため辞退。ただし30人ロースターには名を連ねていたため、制度上は飛び入り出場も可能だった。
ベネズエラ
- メルビン・モーラ外野手(ボルチモア・オリオールズ)-- 内野手としてではなく外野手として出場させるという首脳陣の方針と合わず不参加。
台湾
- 王建民投手(ニューヨーク・ヤンキース)
日本
- 松井秀喜外野手(ニューヨーク・ヤンキース) -- 日本代表の4番候補だったが、1か月近くの態度保留を経て、2005年12月27日に出場辞退を発表。
- 井口資仁内野手(シカゴ・ホワイトソックス) -- 2006年1月7日、当初は参加に意欲的だったが松井の後を追うように一転して出場を辞退。井口はWBC出場表明後にテキサス・レンジャーズにトレードされていた大塚晶則に対しても「出場したいけど、厳しい」と話していたことをマスコミの前で伝え、大塚も辞退かと報道されたが、大塚は既にWBC.incに出場合意のサインをしていたため、球団側の働きかけは受け入れられず、大塚の希望どおりに出場が決定した。
その他の参加・不参加を巡る逸話
当初はオーナーの意向によって参加に消極的なのではと言われていたニューヨーク・ヤンキースに所属する前述の主砲のアレックス・ロドリゲス(彼の辞退理由は当初から国籍問題)をはじめ、主力選手であるデレク・ジーター、バーニー・ウィリアムス、移籍初年度のジョニー・デーモンなどが相次いで参加を表明した。MLB選手会のCOOであるジーン・オルザは不参加を表明した選手に対して、「どの選手も参加するかしないかの選択の自由はある。ただノーと答えた選手はこのトーナメントの意義や参加しない事により引き起こされる結果をしっかり理解している事を望むだけだ。ここに居ることもそして彼が得た新しい契約も我々選手会が居なければ起こりえなかった。彼のような選手ならなおさらだ」と語った他、WBCの親善大使を務めるトミー・ラソーダは広報のために来日した際、「松井や井口が目の前にいたら私はこう言うだろう。『君たちはここに生まれて教育を受け、給料をもらっておいて、自分の国に恩返しをしたらどうか』」とコメントした。 また、ニューヨーク・タイムズ紙でも大会終了後に「イチローに導かれた日本人たちがWBCを制覇した今、松井秀喜が本当のところどう感じているかを私は知りたい。参加を拒否したことで、松井は母国を侮辱し、代表チームの監督を務める伝説の選手、王貞治を侮辱したのだ」と批判記事を掲載した。
イチローの「30年発言」
日本チームのキャプテン的選手であるイチローが1次リーグ前の公式会見で「対戦した相手が、向こう30年は日本には手は出せないな、という感じで勝ちたいと思う」という発言をした。これは別に特定の国を意識したわけではなく、大会数ヶ月前から今大会に並々ならぬ情熱を見せていたイチローがその自信の程を冗談交じりで発言したものであったわけだが、このことが韓国のマスコミにより「(韓国は)30年間日本に勝てない」という風に言ったと報道されたため韓国のファン達に「挑発的な発言」ととられ(韓国の監督も準決勝終了後の記者会見でそのことを認める発言をした)、その後3回行われた日本対韓国戦で韓国応援団のイチローに対する激しいブーイングや韓国選手が日本選手を挑発するような行動が再三出現した(その例として準決勝における鄭成勲(現代)のイチローへのボール放り投げ事件、ホームラン直後のデッドボールなど)があったが、これらが日本のメディアで大きく取り上げられる事はなかった。対韓国第2戦敗退後の「僕の野球人生最大の屈辱」という彼の発言も、同じ相手に二度負けたことや全力を尽くしたにも係わらず準決勝進出が絶望的になったこと(アメリカ-メキシコ戦でメキシコが2点以上取って勝利すればという可能性はあったが、当のメキシコチームですら試合前日にディズニーランドで遊んでいた程、事前予想では圧倒的にアメリカ有利と見られていた)が主因だった訳だが、これが前記の誤報もあり「韓国に対して二度も負けたのが人生最大の屈辱」と発言したと韓国サポーターに取られて対日感情に拍車をかけ、3度目の対戦となる準決勝前の韓国のスポーツ新聞では1面に「(日本を)30年間泣かせてやる」という見出しが出るほど波紋を呼んだ。このように日韓の対立が大きかったためか、準決勝の試合後の韓国のエース朴賛浩(パドレス)が「決勝では日本に勝ってほしい。大塚とイチローは友達だからね」という発言を行ったことが日本のメディアで大きく取り上げられた。ただ、日本が初代王者となったことについて韓国メディアは「幸運の初代チャンピオン」「韓国が真の王者」などと報道、日本の優勝に悔しさをにじませていた。これに関しては、日本でも問題となっていた組み合わせのへの批判でもある(詳しくはそちらを参照)。現に、こういう大会で準決勝までに3回も戦うことが異常である。日本への敵意ばかりがクローズアップされる韓国メディアだが、日本対アメリカ戦での誤審問題に関しては、一貫して審判への批判を行っていた。
表彰式での逸話
- 第1回大会で日本が優勝し、表彰式で金メダルをかけられた王監督は、スタンドに向かって両手をあげ挨拶をしてそのまま帰ろうとしていたが、優勝トロフィーを贈呈するバド・セリグコミッショナーから呼び止められた。セリグコミッショナーは、トロフィーを二回ほど軽くたたいて、まだこれがあるよという風なジェスチャーをしていた。
- 決勝戦で先発し、大会最多となる3勝目を挙げて最優秀選手(MVP)に選ばれた松坂は、TVのインタビューで「MVPとったんですけど、これ(=トロフィーの円盤状の飾り)もうとれちゃったんですね。この辺がアメリカっぽいですけど」と苦笑いしつつ、「後で自分でアロンアルファでくっつけて直しますけど」と冗談を言ってのけた。その後、販売元の東亞合成から実際に松坂にアロンアルファが送られた。
- 主催者であるWBCIは当初個人賞を設ける予定がなかったが、決勝当日、最優秀選手賞(MVP)と優秀選手賞(12名)を設定することを急遽決定した。選考は各国メディア5社の投票によって行われた。
- 敗れたキューバ選手達は一様に落胆した表情であったが、最後には拍手で初代王者を称えた。また何人かのキューバ選手はイチローに記念写真を求め、イチローも笑顔でそれに応えていた。
その他の逸話
- キューバのベレス監督は決勝戦後の記者会見で審判のせいで負けたと不満を表し、「皆も試合を見ただろう、全く酷い物だった」とトム・ハリオン球審を非難した。
- 毎日新聞は、WBCを「野球の国・地域別対抗戦」という名称で報道していたほか、NHKでも極力WBCという言葉を使わず「ワールド・ベースボール・クラシック」と正式名称を使った。
- 韓国の朴明桓(パク・ミョンファン)投手がドーピング(禁止薬物使用)検査で陽性反応があったため、大会で初めての違反者となった。
WBC第1回大会の傾向
全体的に前評判の低い国々の健闘が目立つ大会となった。特にオールアマチュアメンバーで準優勝を飾ったキューバ、リーグ戦で6連勝を記録した韓国、アメリカに競り勝ったメキシコ等の活躍が目立ち、強豪国とのレベルの差は戦前の予想よりずっと小さいと印象付けた。
一方、優勝した日本を含め、強豪国と考えられていた国々は苦戦が目立った。特に優勝候補とされたアメリカは2次リーグで敗退し、1次リーグでもカナダに敗れるなど大会を通じて不振が目立った。
これは、短期決戦における投高打低の傾向に加え、一定レベルの参加国が例外なく優秀なピッチングスタッフを備えていた事が要因として考えられる。MLBのスター選手を揃えた強豪国の打線をもってしても各国トップクラスの投手を短期決戦で打ち崩すのは困難を極め、結果ロースコアの緊迫したゲームが続出したと考えられる。
また、準決勝に残った4カ国中ドミニカを除く全ての国が、オリンピックなどの国際大会で好成績を残した実績のある選手を中心としたチーム編成であった事も注目される。
WBC第1回大会の問題点
投球制限問題
第1回大会では各リーグ戦の試合ごとに投手の投球数制限が定められた。この投球数を超えた投手は投球数を超えた時点における打者との対戦を終えた後に強制的に他の投手と交代となった。
- 1次リーグ 65球
- 2次リーグ 80球
- 準決勝・決勝 95球
また投球回数によって登板間隔を空ける制限が定められた。
- 50球以上投げた場合 中4日
- 30球以上50球未満の場合 中1日
- 30球未満でも連投した場合 中1日
この背景には莫大な年俸を支払うMLBの球団側が、アメリカの保険会社に大会中の所属選手の故障に関する補償契約を求めた際、投球数の制限が無いと補償は出来ないと通告された点がある。これに対して、世界一を決める大会に制限は必要無いと主張する日本が唯一の反発の声を上げた。その一方で、この制限が緊張感や戦略性を生じさせ、結果的にはスリリングな試合展開の一助になったとする声もある。決勝戦では主力2投手を登板させられなかったキューバと投手を温存していた日本が明暗を分けた。
また、アメリカは投球制限から先発投手が長いイニング投げられないことを見越して、本職の先発投手を3人(クレメンス、ピービー、ウィリス)に絞込み、それ以外のほとんどをMLB各球団のセットアッパー・クローザーで固めた。しかし、先発を極端に絞り込みすぎ、先発の誰かが不調であっても、ロングリリーフをこなせる中継ぎがほとんどいないため、なかなか降板させることが出来ずに、傷口を広げても打つ手が後手後手に回る状態に陥った。しかも、3人しか先発がいないためローテーションも崩すことができず、明らかに不調なウィリスも最後までローテーション通りに先発させる羽目になった。結局、アメリカは豪華リリーフ投手軍団が本領を発揮しないまま、2次リーグで敗退した。
キューバ問題
キューバ共和国は大会開催地のアメリカと国交が無く、アメリカ政府が対立するキューバに対して経済制裁を行っているため、WBCの利益分配が経済制裁に違反するという理由によりアメリカ合衆国財務省の海外資産管理事務所がキューバ代表チームの入国を拒否した。これよりキューバのWBC出場が危ぶまれていたが、MLB機構と選手会はキューバに利益分配金が入らないという条件で入国の再申請を行い、又、キューバのカストロ議長も、WBCの分配金をアメリカのハリケーン被害者に全額寄付すると表明。こうした各所でのキューバ参加に向けた積極的な動きによって、最終的にはテキサス・レンジャーズのオーナーを務めたこともあるブッシュ大統領の鶴の一声により財務省もキューバ代表の入国を拒否する理由が失われ、晴れて正式にキューバの参加が可能となった。
台湾問題
初期においては台湾のエントリー名は「台湾」とされ、青天白日旗がその国旗として表記されていた。しかし、中国からの圧力によってチャイニーズ・タイペイと表記され、国旗も五輪旗に変更されてしまった。
審判の問題
開催国チームが自国の審判団によって判定するシステムにも問題があると言われている。第1回大会では審判が総勢32名配備されているが、その内の22名がアメリカ人である。これに対しても、日本はWBC大会本部に意見書を提出し、次回大会(2009年に行われる予定の第2回大会)では、参加する全ての国と地域から審判や運営委員を派遣することを求め、WBC大会本部は「今後検討する」との回答を示した。
またこの大会の審判は当初、MLBの審判で行う予定であったが、プレシーズンのため契約が不成立となり、マイナーリーグの審判を採用することになった。このことも、一連の誤審騒ぎともあいまって問題点として指摘されている。サッカーのワールドカップの審判員(各国のFIFAのトップクラスの審判、且つどのチームとも関係のない中立国の人間)とは対照的となっている。
2006年 日本-アメリカ戦
二次リーグAブロック初戦での日本-アメリカ戦の3-3の同点で迎えた八回表一死満塁の西岡剛の三塁から本塁へのタッチアップが捕球より早かったとし、二塁塁審はセーフとしたものの、バック・マルチネス監督の抗議に応じ、球審のボブ・デービッドソンはアウトと判定を下して、事実上のダブルプレーとなり3死となった。その後、日本は九回裏にサヨナラ一打を許してしまい、3-4で敗れた。
これに対してテレビ中継を担当したESPNの番組内でもアナウンサーや一部の解説者が球審の判断に疑問を呈した。試合後、王監督は記者会見で「一番近い所で見ている審判(二塁塁審)のジャッジを、いくら抗議があったからとはいえ、(球審が)変えるというのは、今まで私は日本で長年野球をやっていますけど見たことがありません」、「審判4人は(球審、塁審に関係なく)同じ権利があると思います。責任を持ってジャッジする立場の人間がしたものを、そういう形(球審の独断)で変えるということは考えられない」と、判定そのものよりも判定に至る過程を批判した上で、「特に野球のスタートした国であるアメリカでそういうことがあってはいけない」とコメントした。
韓国の朝鮮日報はこの判定に対して「アメリカは厚顔無恥な詐欺劇を繰り広げた」と掲載。アメリカメディアも誤審との見解を示し、「Oh, What a bad call」(なんて酷い判定だ)と批判した。なお、What a bad callはWBC、Oh(オウ)は王監督の名前をもじっている。
この問題に関して日本が提出した質問書に対し、WBC大会本部は「判定への権限がある主審(球審)は最初からアウトの判定だった」として、「判定は正当である」、つまり、二塁塁審の判定はそもそも無効であり、球審がアウトを宣告した時点で初めてタッチアップに対する判定が下ったものと考えるという見解を示した。日本や世界では「世紀の誤審」と呼ばれている。また、この誤審で初めてWBCが世界中に認知されたという皮肉も聞かれた。
2006年 メキシコ-アメリカ戦
二次リーグAブロック最終試合の三回裏、メキシコのマリオ・バレンズエラがアメリカの先発ロジャー・クレメンスから放った打球はライトポールに当ったものの、前述のボブ・デービッドソンが二塁打と判定した。なお、試合は2-1とメキシコが勝利し、失点率で日本の準決勝進出が決定した。メキシコのフランシスコ・エストラダ監督らがボールに付着したポールの黄色い塗料を見せ抗議したものの、抗議は却下された。この件に関してメキシコの監督は「球場全体が本塁打だと思ったはずだが、審判だけがそう思っていなかった」とコメントしている。
開催時期の問題
開催時期が世界のプロ野球シーズン開幕前に設定されたため、プレイヤーが怪我をしてしまうとそのシーズンを丸々損ねかねないという危惧がされている。この件に関しても第2回以降の検討項目とされているが、大会終了後に次回も3月に行う方向で検討していることが発表された。
運営上のその他の問題点
第1回大会にはアメリカ偏重のシステムが多々見られた。大会優勝候補とされる中南米・カリブ勢がアメリカと決勝まで当たらないなど不均衡な組み合わせが組まれており、またアメリカは必ず中1日空けての試合で(日本は連戦の時があった)、しかもそれらは抽選等ではなく主催者の一存で決定されている。このあからさまにアメリカが決勝まで勝ちあがりやすいよう意図された組み合わせの結果、同一カードが準決勝までに最大で3戦行われるという奇妙な事態が発生している。日本対韓国がその例である。このようなリーグ戦を勝ち上がったものによるトーナメントは、改めてその時点で抽選を行うか、同一カードが重ならないようにAリーグ1位対Bリーグ2位、Bリーグ1位対Aリーグ2位というようにクロスさせるのが普通である。韓国は1次リーグから唯一6勝全勝だったが、日本に準決勝に敗れたため、特に韓国では不満が大きかった(日本は準決勝までに韓国に2敗を含む計3敗していた。ただし、韓国では準決勝の試合前、それまで2戦2勝していた日本と再戦することを好都合と考える声が大きかったことも勘案する必要がある。また、一次リーグでの日韓戦は、勝敗に関係なく平等に二次リーグに進出できる消化試合であったことも勘案する必要がある)。韓国国内では、日本優勝の際に「恥ずかしい優勝」など悔しさをにじませる見出しがスポーツ新聞の一面を飾った。その後、韓国野球協会会長が韓国のラジオで日本に再戦を要求する構想を明かした(この際にも「恥ずかしい優勝」と発言している)。
そもそも、国際野球連盟(IBAF)が主催するIBAFワールドカップという大会があるにもかかわらず、WBCという新たな大会が開催されたのは、IBAFワールドカップがプロの参加した真の世界一を決める大会となっていなかったためである。これは最大の影響力を持つ団体であるメジャーリーグ機構が、国際野球連盟に参加していなかったことが影響していた。したがって、メジャーリーグ機構が音頭をとってプロの参加した真の世界一を決める大会としてWBCが創設されたことは非常に大きな意義を持つ。しかし、メジャーリーグ機構が主催したためルールの設定、運営がメジャーリーグ主導でなされることとなった。そのため、参加国から不満が噴出することとなった。
MLB機構はかつて、2004年のアテネオリンピックにメジャーリーグ所属の選手を出場させない事を決定し、その結果、アメリカのオリンピック地区予選敗退を招いてその責任を問われた事があった。WBCはその屈辱を晴らし、かつアメリカの野球の実力を世界に知らしめる格好の場となるはずであった。だが結果としては、アメリカ有利のシステムを導入したにもかかわらず、2次リーグ敗退に終わった。その上、2次リーグでは審判判定問題を引き起こして、大会そのものの信頼性を揺らがせるものとなった。アメリカメディアはこの事態を重く見て、第2回以降の運営を公正化するよう、報道と言う形でWBC大会本部に要求した。
曖昧さ回避:用語対応表
当項目は、当記事(および関連記事)内での表現の曖昧さを低減する目的で提起されたものです。ノート:ワールド・ベースボール・クラシックにて合意を経て、関連する各記述を合意に則った表現に修正していくことを提案します。 |
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初めて開催されたイベントであるため、マスコミ報道や会話等で理解しやすくするための言い換え等が行われ、特定の1つの表現を公式なものとして扱うことができません。以下のような複数の表現が使用されていたようです。日本語の公式サイト(外部リンクの項に記載)でも大まかな説明はありますが、用語の定義など詳細な説明がなく、複数の表現を用いていることも言い換えを促進した側面があるようです。曖昧さ回避のため、英語表記との対応も含めリスト化してみました。なお、掲示された全ての表現が使用されたわけではなく、使用された可能性のある表現も含めています。この表は記事を読む方々が疑問を解消するための一助として掲載しています。下の表では暫定的に主催者が用いている英語表現をベースにした記述を主体にまとめてみました。
予選リーグ | 決勝トーナメント | ||
---|---|---|---|
Round 1 1次リーグ |
Round 2 2次リーグ |
Semi Final 準決勝 |
Final 決勝 |
1次リーグ ラウンド1 1次予選 1次予選リーグ |
2次リーグ ラウンド2 2次予選 2次予選リーグ |
準決勝 セミ・ファイナル |
決勝 優勝決定戦 ファイナル |
対戦方式: リーグ戦・総当たり戦・ラウンドロビン | 対戦方式: トーナメント・勝抜き戦 | ||
グループの名称: POOL A A組 |
グループ名: POOL 1 進出資格: POOL A、POOL Bの 上位2チーム |
進出資格: POOL 1の上位2チーム |
進出資格: Semi Finalの 勝利チーム |
グループ名: POOL B B組 | |||
グループ名: POOL C C組 |
グループ名: POOL 2 進出資格: POOL C, POOL Dの 上位2チーム |
進出資格: POOL 2の上位2チーム | |
グループ名: POOL D D組 |
関連項目
- 2006 ワールド・ベースボール・クラシック日本代表
- 世界身体障害者野球大会(「もうひとつのWBC」といわれる)