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佐伯有清

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佐伯 有清 (さえき ありきよ、1925年(大正14年)3月2日 - 2005年(平成17年)7月19日)は、日本の歴史学者

略歴

東京市赤坂区生まれ。東京大学文学部卒業、1957年に同大学院国史学専攻修了、1962年に文学博士。1952年より母校の法政大学第二高校に赴任、同校長などを経て、1971年から北海道大学教授、1983年から成城大学教授、1995年に退任。

吉川弘文館で数十冊刊行している、主著『新撰姓氏録の研究』で1984年に日本学士院賞を授賞している。『日本古代の伝承と東アジア』、『日本古代の祭祀と仏教』、『日本古代の社会と政治』(「佐伯有清先生古稀記念会」編、吉川弘文館、1995年3月)に詳しい紹介がある。「記念論集」が三冊もあることから判るように多くの研究者を育成し、多数の論文・著書・史料を刊行している。また中央公論社版『日本書紀』の訳者の一人でもある。(現行は中公クラシックス全3冊で2003年再刊)。

専攻

主な著書

吉川弘文館刊行

  • 新撰姓氏録の研究』全9冊、1971-1984年 新版2007年
  • 『新撰姓氏録の研究 拾遺篇』 2001年
  • 『邪馬台国 研究史』 1974年
  • 『戦後の邪馬台国 研究史』 1975年
  • 『古代史への道』 1975年
  • 『広開土王碑と参謀本部』 1976年
  • 『研究史広開土王碑』 1981年
  • 魏志倭人伝を読む.上 邪馬台国への道』
  • 『魏志倭人伝を読む.下 卑弥呼と倭国内乱』 <歴史文化ライブラリー>2000年
  • 『日本古代史の風貌』 1977年
  • 『日本古代の政治と社会』 1978年
  • 『日本古代氏族の研究』 1985年
  • 柳田国男と古代史』 1988年
  • 『古代東アジア金石文論考』 1995年
  • 伴善男』 <人物叢書> 新装版1986年
  • 円仁』 <人物叢書>新装版1989年
  • 円珍』 <人物叢書>新装版1990年
  • 聖宝』 <人物叢書>新装版1991年
  • 慈覚大師伝の研究』 1986年
  • 智証大師伝の研究』 1989年
  • 伝教大師伝の研究』 1992年
  • 『最澄とその門流』 1993年
  • 『若き日の最澄とその時代』 1994年
  • 最澄空海 交友の軌跡』 1998年
  • 『悲運の遣唐僧 円載の数奇な生涯』 <歴史文化ライブラリー>1999年
  • 高丘親王入唐記 廃太子と虎害伝説の真相』 2002年

編著

「傘寿記念論集」の予定だったが、追悼出版となり略年譜及び全著作目録を付している。
  • 『日本古代史論考』 1980年 以下全て吉川弘文館
  • 『日本古代政治史論考』 1983年
  • 『日本古代中世史論考』 1987年
  • 雄略天皇とその時代』 <古代を考える> 1988年
  • 『日本古代中世の政治と文化』 1997年
  • 『日本古代中世の政治と宗教』 2002年