チベット語のカタカナ表記について
「チベット語のカタカナ表記について」は今枝由郎によって提案された、チベット語をカタカナ表記するための転写方式。
チベット文字は、元来は表音文字として7世紀ごろに制定されたが、時代がくだるにつれ、綴りと発音の乖離がいちじるしくなった。そのため、諸外国語によるチベット語の転写方式には、大別して発音を写そうとするものと、文字のつづりを写そうとするものが生じることとなった[1]。本転写方式は、「おおむね現在の中央チベットのラサ方言の発音を基準」としてカナ転写するための基準」である[2]。
仏教学者の小野田俊蔵の原案に「部分的な修正・追加をほどこしたもの」で、「チベット語の人名、地名、固有名詞などを、できるだけ日本人に抵抗のない形で日本語に定着させることを念頭において(中略)作った」とされ[3]、今枝が訳者となったロラン・デエ『チベット史』の巻末付録として最初に発表された[4]。提案者の今枝は、チベット・ブータン中世史の研究者で、ゾンカ語(チベット語の南方方言でブータンの国語)テキストの著作もある。
特徴と構成
「チベット文字の綴り」を「おおむね現在の中央チベットのラサ方言の発音を基準」としてカナ転写するための基準であり、この転写方式を用いるにあたっては、使用者がチベット語とチベット文字の綴り字についての知識を持ち、カナ転写したいチベット語の単語のチベット文字による綴りが判明していることが必須である。
本転写方式では、伝統的な配列の順序に則してチベット文字の綴り字と対応するカナ転写が提示されている(1.を参照)。ただし、添後字・再添後字については2.に、母音で終わる音節に前置字・接頭字を持つ音節が続く場合の音韻変化については3.に、まとめて切り分けられている。
1. 語頭子音と母音結合
ka | kha | ga | nga | ca | cha | ja | nya |
ta | tha | da | na | pa | pha | ba | ma |
tsa | tsha | dza | wa | zha | za | 'a | ya |
ra | la | sha | sa | ha | a | - | - |
2. 終止子音およびそれに伴う母音の変化
群 | ____事____例____ | 発音 | 用例 |
---|---|---|---|
1群 | -g, -gs | -ク(発音されないこともある) | 用例 |
-ng, -ngs | -ン | 用例 | |
-b, -bs | -プ | 用例 | |
-m, -ms | -ム | 用例 | |
-r | -ル | 用例 | |
2群 | -' | (発音されない) | 用例 |
3群 | -n | -ン(先行する母音はア段がエ段に変わり、ウ段はそのまま、オ段は原則的にそのままであるが、ウ段に変わる場合もある) | 用例 |
3群 | -l | -ル(先行する母音はア段がエ段に変わり、ウ段はそのまま、オ段は原則的にそのままであるが、ウ段に変わる場合もある) | 用例 |
4群 | -d | 発音されないで、先行する母音はア段がエ段に変わり、ウ段はそのまま、オ段は原則的にそのままであるが、ウ段に変わる場合もある。また、母音は時として長音化する。 | 用例 |
4群 | -s | 発音されないで、先行する母音はア段がエ段に変わり、ウ段はそのまま、オ段は原則的にそのままであるが、ウ段に変わる場合もある。また、母音は時として長音化する。 | 用例 |
3. 連声
原則 | 用例 |
---|---|
主に母音で終わる音節に、前置字・接頭字を持った音節が続く場合に起こる | 用例 |
4. 意味上のまとまりをいかに区切るか
2005年版では「人名、地名、署名等で数音節に及ぶものは、意味上のまとまりを区切りに、・(中黒)を挿入した」と述べ、8つの用例が示されている。
収録
- ロラン・デエ(今枝由郎訳)『チベット史』(春秋社,2005年,ISBN 4-393-11803-0)、pp.66-79