人生劇場 飛車角
人生劇場 飛車角(じんせいげきじょう ひしゃかく)は1963年に東映が製作した沢島忠監督、尾崎士郎原作、鶴田浩二主演のヤクザ映画。1963年3月16日封切。95分。尾崎の原作を大きく翻案し、「ヤクザ映画」の魁となった作品である。
概要
- 尾崎士郎の自伝小説『人生劇場』は、尾崎本人をモデルにした青成瓢吉を主人公とした長編小説である。長編の各所を活かし、この作品以前に7度、現在までに14度、映画会社や監督を変えて制作され続けている。これらの作品は同一シリーズを除いて直接的な繋がりはないが、この作品以前は全て、瓢吉を主役に据えた物語となっている。
人生劇場映画化作品
- 人生劇場(1936年日活 内田吐夢監督 瓢吉:小杉勇)
- 人生劇場 残侠篇(1938年日活 千葉泰樹監督 瓢吉:小杉勇、飛車角:片岡千恵蔵)
- 人生劇場 第一部 青春愛欲篇(1952年東映 佐分利信監督 瓢吉:佐分利信、飛車角:片岡千恵蔵)
- 人生劇場 第二部 残侠風雲篇(1953年東映 萩原遼監督 瓢吉:佐分利信、飛車角:片岡千恵蔵)
- 人生劇場 望郷篇 三州吉良港(1954年東映 萩原遼監督 瓢吉:佐野周二)
- 人生劇場 青春篇(1958年東宝 杉江敏男監督 瓢吉:池部良、飛車角:三船敏郎)
- 新人生劇場(1961年大映 弓削太郎監督 瓢吉:石井竜一)
- 人生劇場 飛車角(1963年東映 沢島忠監督 瓢吉:梅宮辰夫、飛車角:鶴田浩二)
- 人生劇場 続飛車角(1963年東映 沢島忠監督 瓢吉:梅宮辰夫、飛車角:鶴田浩二))
- 人生劇場(1964年日活 舛田利雄監督 瓢吉:高橋英樹)
- 人生劇場 新・飛車角(1964年東映 沢島忠監督 瓢吉:宇佐美淳也、飛車角:鶴田浩二)
- 人生劇場 飛車角と吉良常(1968年東映 内田吐夢監督 瓢吉:松方弘樹、飛車角:鶴田浩二)
- 人生劇場 青春篇 愛欲篇 残侠篇(1972年松竹 加藤泰監督 瓢吉:竹脇無我、飛車角:高橋英樹)
- 人生劇場(1983年東映 深作欣二/佐藤純彌/中島貞夫共同監督 瓢吉:永島敏行、飛車角:松方弘樹)
- ところが当時東映東京撮影所所長だった岡田茂が、『残侠篇』の脇役の1人に過ぎない飛車角こと小山角太郎に着目し、全く違った『人生劇場』を作るよう指示を出す。こうして生まれたのが、この『人生劇場 飛車角』である。当時の東映は、一連の時代劇やひばり映画の客足が遠のき、業績が傾いていた。東映では京都撮影所より格下にあたる東京撮影所に左遷させられた岡田は、この作品での再起を賭けていた。
- 監督に起用された沢島は時代劇映画、特にひばり映画の巨匠として名を馳せており、自身もまた低迷期を迎えていた。主演の鶴田浩二も、俊藤浩滋の肝いりで東映に移籍してからは、かつてのような大ヒットに恵まれず、やはり低迷していた。一方、相方の佐久間良子も東映看板女優としての美貌を誇りながら、清純派から演技派への脱皮を果たせずに思い悩んでいた。
- そうした、沢島曰く「三すくみの背水の陣」で臨んだこの作品は、沢島も東京撮影所に単身乗り込み撮影を敢行、村田英雄の名曲を主題歌に据えて大ヒット作品となった。これにより沢島、鶴田、佐久間はそれぞれ息を吹き返し、岡田もまた経営者としてやがては頂点までその階を昇って行くこととなる。
- また一方では、この作品に描かれた義理と人情と男の悲哀は大衆心理を掴み取り、その中で生きるヤクザ者の姿は熱狂的な支持を集めた。ここから、そのヤクザを主体に据えた新しいジャンル「ヤクザ映画」が生まれ、以後仁侠映画、実録路線、女ヤクザ、Vシネマなどを通して現在にまでその息吹を伝えている。
あらすじ
注意:以降の記述には物語・作品・登場人物に関するネタバレが含まれます。免責事項もお読みください。
大正時代、遊女のおとよと駆け落ちしてきた飛車角は、小金親分の配慮で深川に隠れ住んでいた。小金一家は文徳組と喧嘩になり、一宿一飯の義理がある飛車角は宮川と熊吉を連れて文徳を刺し殺す。逃走中に逃げ込んだ庭先で出てきた初老のバクチ打ちの吉良常は「おめえさん、無職(ぶしょく)だね」と事情を聞かずに匿う。義理のためとはいえ人を殺し女房を残していく飛車角の心を慮った吉良常はしょせんヤクザの行く道は赤い着物(囹圄の人となるか)か白い着物(仏になるか)かと渡世の定めを語り、吉良常は親分の忘れ形見である青成瓢吉のことを語る。飛車角は警察に自首して懲役5年を食らい、おとよは小金の弟分の奈良平が預かる。深川不動の夏祭りへ出かけた奈良平とおとよだが、そこで小金が何者かに暗殺される。奈良平の表情で真相を察したおとよは逃げ出し、宮川に匿われる。似通った境遇の2人はやがて結ばれるが、宮川はおとよが飛車角の情婦だと知り青褪める。そこへ飛車角が恩赦で出所するが、迎えに出た吉良常はおとよの事情を話す。おとよを諦めた飛車角は吉良常に誘われ、吉良へ向かう。酒屋の女お千代にも慕われてこの街で平和に暮らす飛車角だが、そこへ宮川とおとよが現れる。飛車角は黙って2人を許した。それからしばらくして、吉良の地の仁吉祭りを巡って吉良常と浜勝が諍いを起こす。飛車角は浜勝に祭りには指一本触れないよう念書を取り、浜勝も飛車角の男意気に感服する。そこへ熊川がやってきて、小金暗殺の真相を知った宮川が単身で奈良平に殴りこんで殺されたことを告げる。飛車角は引き止めるお千代を振り切って東京へ戻る。奈良平は飛車角を迎え撃つために総力を結集する。おとよは泣きながら飛車角を止めるが、振り払って飛車角は言った。「あの世で逢おうぜ」
奈良平と手下が待ち構える屋敷へ向かい、飛車角は坂道を登って行った……
スタッフ
- 企画:岡田茂、亀田耕司、吉田達
- 監督:沢島忠
- 脚色:直居欽哉
- 原作:尾崎士郎
- 撮影:藤井静
- 録音:大谷政信
- 照明:川崎保之丞
- 美術:進藤誠吾
- 編集:田中修
- 音楽:佐藤勝
- 主題歌:村田英雄『人生劇場』(作詞:佐藤惣之助 作曲、編曲:古賀政男)
キャスト
- 飛車角:鶴田浩二
- おとよ:佐久間良子
- 宮川:高倉健
- 吉良常:月形龍之介
- 青成瓢吉:梅宮辰夫
- 小金:加藤嘉
- 寺兼:村田英雄
- おいてけ堀の熊吉:曽根晴美
- 奈良平:水島道太郎
- 杉田清七:田中春男
- 浜勝:山本麟一
エピソード
- 岡田が翻案の承諾に尾崎の元へ部下を向かわせた際、尾崎は表題はあくまで『人生劇場』とし、岡田の『飛車角』を頑なに認めなかった。尾崎は当時、既に癌に侵されており病床に臥せっていたが、岡田の懇願に折れ『人生劇場 飛車角』の表題を認めた。ただしそれには唯一つの条件があり、その内容とは自身をモデルとした青成瓢吉を必ず映画に登場させること、であった。
- 岡田の付けるタイトルには定評があり、インパクトとユニークさは他に抜きん出ていた。この作品や『緋牡丹博徒』も岡田の考案であるが、意外なところでは○秘(マルヒ)マークの考案者も岡田である。
- この作品を機に、鶴田と佐久間はしばらく親密な交際を続けていた。
関連項目
関連書籍
- 尾崎士郎『人生劇場 残侠篇』
- 沢島忠『沢島忠全仕事―ボンゆっくり落ちやいね』(2001年ワイズ出版)ISBN 978-4898300961
- 岡田茂『悔いなきわが映画人生―東映と共に歩んだ50年』(2001年財界研究所)ISBN 978-4879320162
- 岡田茂『波瀾万丈の映画人生―岡田茂自伝』(2004年角川書店)ISBN 978-4048838719
- 笠原和夫、荒井晴彦、すが秀実『昭和の劇』(2002年太田出版)ISBN 978-4872336955
- 笠原和夫『映画はやくざなり』(2003年新潮社)ISBN 978-4104609017