コンテンツにスキップ

本保県

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。検見川町 (会話 | 投稿記録) による 2011年7月8日 (金) 06:29個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (リダイレクト解除)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

本保県(ほんぼけん)は、1868年慶応4年)に越前国内の幕府領旗本領を管轄するために明治政府によって設置された。管轄地域は現在の福井県嶺北および敦賀市に分布している。

概要

越前国には福井藩とその支藩や幕府領、旗本領、国外の大名の領地もあり、多数の領主によって分割統治される状態が明治まで続いた。幕府領・旗本領は頻繁に管轄が変更され、複雑な統治形態であったが、幕末には本保代官所、福井藩預所、飛騨郡代に集約された。幕末の本保代官所は飛騨郡代の管轄下にあった。

1870年(明治3年)、明治政府は本保陣屋本保県を設置した。

1871年(明治4年)、廃藩置県後の第1次府県統合に伴い越前国内の5県が福井県に統合されたことにより廃止された。

沿革

  • 1868年(慶応4年)2月3日 - 福井藩が越前国内の代官支配地取締を命じられる。
  • 1870年(明治3年)12月22日 - 明治政府が本保代官所が置かれた越前国丹生郡本保村(現在の福井県武生市本保町18)にあった本保陣屋に本保県を設置。
  • 1871年(明治4年)11月20日 - 第1次府県統合により越前国の5県が合併して福井県が成立。同日本保県廃止。

管轄範囲

「旧高旧領取調帳」では太字部分の福井藩が足羽県と記載されている。また、幕府領については福井藩預所、福井藩支配所、本保預所、本保支配所、飛騨郡代支配所など様々な記載が見られるが、前2者を福井藩預所、後3者を飛騨郡代の管轄(本保代官所も管轄)と比定した。

  • 越前国
    • 敦賀郡の一部(旗本領)
    • 丹生郡の一部(福井藩預所、飛騨郡代の一部のほか、郡上藩領、西尾藩領のごく一部を編入。それぞれの残部は福井藩に編入)
    • 今立郡の一部(福井藩預所、旗本領)
    • 大野郡の一部(飛騨郡代および福井藩預所のごく一部。残部は福井藩に編入)
    • 坂井郡の一部(飛騨郡代および福井藩預所の一部のほか、福井藩領のごく一部を編入。福井藩預所の一部は福井藩敦賀藩にも編入)
    • 南条郡の一部(福井藩預所、旗本領のほか、西尾藩領のごく一部を編入。福井藩預所の一部は小浜藩と敦賀藩に編入)

歴代知事

  • 1870年(明治3年)12月22日 - 1871年(明治4年)1月14日 : 不在
  • 1871年(明治4年)1月14日 - 1871年(明治4年)3月2日 : 権知事・小原忠寛(前大垣県大参事、元大垣藩士
  • 1871年(明治4年)3月2日 - 1871年(明治4年)11月20日 : 不在

関連項目

先代
福井藩預所飛騨郡代
越前国内の幕府領旗本領
行政区の変遷
1870年 - 1871年
次代
福井県(第2次)