境界科学
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境界科学またはフリンジサイエンス(Fringe science)には、いくつかの定義がある。1つは、主流ではない科学という定義で、その意味では非主流科学とも呼ばれる。もう1つのより幅広い一般に広まっている定義は非科学的なものと見る否定的な定義であり、その意味では疑似科学に近い。
定義
- 第一の定義
- 境界科学(非主流科学)は、確立された分野における主流または正統な理論から大きく乖離した科学探究であり、主流の学問分野の周辺 (fringes) に位置づけられる。科学研究は「主流」(center)、「先端」(frontier)、「境界」(fringe) の3つに分類され、境界的概念は主流の科学者からあまりにも空想的と見なされたり、強く反駁されたりする[1]。しかし、Rosenthal は「受容された科学は次第に先端科学に変わる可能性があり、さらにもっとかけ離れたアイデアや境界科学をも取り入れる可能性がある。本当に荒削りのアイデアは境界を越えた疑似科学的なものとみなされる」としている[2]。
- かつて主流科学として受け入れられた概念が、その後の研究の進展によって境界科学に追いやられることもあった。例えば、かつて扁桃腺や歯の病巣感染が全身性疾患の主要な原因だという考え方は医学的事実とされていたが、その後証拠不十分だとして退けられた。逆に境界科学は斬新な提案や解釈を含むことがあり、提唱された当初はほとんど支持者がいない。もともと境界科学だった理論が、それを支持する証拠が見つかったことで主流科学となった例もある(例えば、大陸移動説[3][4]、トロイの実在[5][6]、地動説[7]、ノース人によるアメリカ大陸の植民地化、ビッグバン理論[8])。
- 第二の定義
- 境界科学は、科学的方法で検証可能な斬新な仮説からアドホックな理論や有象無象まで全てをカバーするが、後者の方が多いため、境界科学全体を疑似科学や単なる趣味のレベルとして退ける傾向を生じている[9]。科学的完全性を欠いた境界科学の一部を指して病的科学、voodoo science、cargo cult science といった用語も使われている。アメリカの政界では、政治的理由から科学的背景があると虚偽の主張をするアイデアを junk science と呼ぶ。
科学哲学において、目的が実際に客観性のあるものだったとき、科学と非科学の間でどこに境界線をひくのかという問題を「線引き問題」と呼ぶ。この問題を解決するため、境界理論の提唱者は適切な科学的証拠を示しつつ、異端的主張を行う。
解説
境界科学という呼称は、発見についての異端的な理論やモデルを指して使われる。そういった境界科学のアイデアを生み出す人々は科学的方法を採用していることもあるが、その結果は主流のコミュニティには受け入れられない。通常、境界科学のアイデアの証拠として提出されるものを信じるのはごく少数であり、多くの専門家はそれらを証拠と認めない。査読のある学術誌に論文が掲載されたことがあるなど、ある程度認知されている科学者が境界科学的アイデアを提唱することもあるが、常にそうであるとは言えない。多くの境界科学的見解は反証を含めた科学的方法を注意深く適用することで無視または排除され、科学界に受け入れられるのはごく一部である[10]。例えばプレートテクトニクスはもともとは境界科学とされ、数十年間は否定的見解が大半だった[11]。
科学と疑似科学の間の混乱、正当な科学的誤りと本物の科学的発見の間の混乱は目新しいものではなく、科学に常につきまとう特徴である(中略)新しい科学の受容は緩慢である。[12]
境界科学という呼称は軽蔑的なものとみることもできる。例えば、Lyell D. Henry, Jr. は境界科学という用語には「いかれている」(kookiness) という意味も示唆されていると記している[13]。そのような評価がなされるのは、科学の周辺に存在した奇人たち、すなわちマッドサイエンティストが想起されるからとみられる[14]。境界科学と疑似科学の境界線も問題である。境界科学には言外に、全体的には論理的だがその先を追究しても実りがなさそうだという意味が含まれている。境界科学は、証拠が不完全とか矛盾するといった様々な理由から科学的コンセンサスには含まれないかもしれない[15]。
具体例
歴史的事例
主流科学によって反駁された歴史的アイデアとしては、以下のものがある。
- ヴィルヘルム・ライヒのオルゴン理論
- オルゴンは彼が発見したと主張した一種の物理エネルギーであり、この理論により精神医学界から追放され、最終的には投獄された。ライヒはオルゴンが実在するという科学的証拠があると主張したが、他の科学者らに反論されてきた。それにもかかわらず、信奉者が存在し続けている。
- 病巣感染理論 (FIT)
- FITは歯や扁桃腺の病巣感染が全身疾患の原因になりうるという理論で、第一次世界大戦後の歯学界や医学界で主流の理論として受け入れられた。しかし、その証拠とされた研究には根本的誤りがあることが後に明らかとなった。この理論のせいで何百万という人々が不必要な抜歯や手術を受けた[16]。1930年代になるとFITの凋落が始まり、1950年代末には境界科学へと追いやられた。
- クローヴィス文化理論
- クローヴィスが北米初の文化だとする説は長年にわたって主流となっていたが、その後クローヴィス以前の文化の証拠が見つかり、その理論は廃れていった[17][18][19]。
現代の事例
比較的最近の境界科学の例を以下に示す。
- Aubrey de Grey は2006年、60 Minutes というテレビ番組で "Strategies for Engineered Negligible Senescence" (SENS) と名付けたヒトの寿命を延ばす先端的研究を行っていると紹介された[20]。多くの主流科学者は[21]、de Gray が核(エピ)変異を特に重要と見ている点と彼が提示したアンチエージング治療の予定表が境界科学を構成していると信じている。
- 2006年のテクノロジー・レビュー誌に掲載されたある記事(シリーズものの一部)で、「de Grey のSNESは非常に疑わしい。提案されていることの多くは再現性がなく、今日の科学知識とテクノロジーでは再現できなかった。Myhrvoldの言葉を借りれば、de Gray の提案はよく言えば科学の控え室に存在しており、検証されるのを待っている(ことによるとそれは無駄かもしれない)。SNESは多くの博識な科学者の同意を必要としているわけではなく、明らかに間違っているとわかっているわけでもない[22]。
- 1989年3月、化学者マーティン・フライシュマンとスタンレー・ポンズは常温・常圧での核融合反応(常温核融合)が起きたと報告した。多くの研究者がその再現を試みたが、誰も常温核融合を確認できなかった[23]。その後、様々な分野の科学者らが常温核融合についての国際会議に参加したり、独自に取り組んだりした。アメリカ合衆国エネルギー省は2004年、常温核融合の再評価を行ったが、結果は否定的だった。
- 石油が生物由来でないとする理論(無機成因論)では、地球が形成されたころに炭化水素が地下深くに取り込まれ、それが石油の元になっているとしている。この理論が事実ならば一般に考えられている以上の石油が埋蔵されていることになる。炭化水素は太陽系内に遍在しており、地中深くで高温・高圧を受けて石油に変質し、マントル対流と共に地殻に浮上してくるという。この理論は19世紀からあったが、20世紀後半にロシアやウクライナの科学者らによって復活し、トーマス・ゴールドが『地球深層ガス』という本を1999年に出版したことで西側でも関心が高まった。ゴールドの提唱した仮説は、地殻中の高温の環境で生息する細菌の存在に基づく部分もある(石油には生物由来だとする定説の証拠が見られるが、それがこの細菌による痕跡だと説明している)。
境界科学への対応
マイケル・W・フリードランダーは境界科学への対応のガイドラインを提唱し、その中で「少なくとも手続き的には[24]」科学における不正行為よりも扱いが難しい問題だと主張した。彼の示唆した方法には、引用している文献のチェック、正統性を過度に強調していないことなどが含まれ、ウェゲナーの大陸移動説の例、正統科学が急進的提案を調査した例や境界科学側が間違っていた例などを挙げて考察している[25]。
その科学分野の主流の訓練を受けた科学者が型破りなアイデアを生み出したり支持したりする例もあるが、境界科学的な理論やアイデアは伝統的な科学の素養がない個人や主流の分野ではない研究者によって進展することが多い[26]。そして、科学史はそのような学際的あるいは多文化交流的環境で大きな進歩があったことを示している[27]。フリードランダーは境界科学が主流科学の進歩にとって必要であると示唆し、科学者は境界的な新たなアイデアや新発見を評価しなければならないとしつつ、実際に受け入れられるのはごく一部だとした[28]。一般大衆にとっては「科学か否か」の区別は難しく[28]、場合によっては信じたいという願望が根底にあるため、専門家が否定的であればあるほど疑似科学的主張を受け入れようとすることもある[29]。
論争
20世紀末ごろには、各宗教の聖典の字義通りあるいは原理主義的な解釈に反する科学研究分野全体(特に古人類学、人間の性、進化、地質学、古生物学など)を「異論」のある分野とすべく、境界科学の異説を引用するということが見られるようになった。それらの分野に論争があるのは定説に弱点や瑕疵があるからだとして、そこに奇跡やインテリジェント・デザインの入り込む余地を作ろうとする意図がある[30][31][32]。Donald E. Simanek は「最先端科学の思索的・試験的な仮説は、それらが科学的真理であるかのように、答えを熱望している大衆によって受け入れられるということが余りにも多い」と主張し、「科学が無知から理解まで進歩する際、混乱と不確実性の移行過程を経なければならない」という事実が無視されているとした[33]。メディアは、科学の特定分野に「異論」があるという見方を助長し広める役割を果たしている。Jan Nolin らの "Optimising public understanding of science: A comparative perspective" では、「メディアが科学の定説に異論があるという見方を助長するのは、それが劇的で注目を集めやすいというだけでなく、社会的利害問題と結びついていることが多い」と主張している[34]。
脚注
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関連文献
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関連項目
- 認識論
- パラダイムシフト
- 科学哲学
- 科学における不正行為
- 科学技術社会論 (STS)
- 科学革命の構造
- 『FRINGE/フリンジ』