吉田忠智
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参議院議員 吉田忠智 | |
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生年月日 | 1956年3月7日(68歳) |
出身地 | 大分県臼杵市 |
出身校 | 九州大学農学部 |
学位・資格 | 農学士 |
前職 | 大分県議会議員 |
所属委員会 |
予算委員会 国土交通委員会 |
世襲 | 無 |
選出選挙区 | 比例区 |
当選回数 | 1回 |
所属党派 | 社会民主党 |
党役職 | 党首 |
会館部屋番号 | 参議院議員会館301号室 |
ウェブサイト | 吉田忠智公式ホームページ |
吉田忠智(よしだ ただとも、1956年3月7日 - )は、日本の政治家。社会民主党所属の参議院議員(1期)、社会民主党党首(第4代)。党参議院国対委員長、党参議院幹事長、党政策審議会長などを歴任した。
経歴
1956年3月7日、大分県臼杵市生まれ。大分県立鶴崎工業高等学校を経て、九州大学農学部卒業。大分県庁に農業土木の技術職員として入庁。労働組合活動を通じて、自治労大分県職員連合労働組合(大分県職労)で書記長、執行委員長を歴任。その後、国会へと転身した重野安正の後継として大分県議会議員となり3回当選。2010年の第22回参議院議員通常選挙では、比例区に社民党の候補者として立候補し、同党の候補者の中では、福島瑞穂に次ぐ2位の個人票を集めて、初当選した。
なお、大分県職労から大分県議、国会議員になった経歴は、村山富市、重野安正と同じである。
社民党党首
2013年9月26日、同年7月の第23回参議院議員通常選挙における社民党大敗の責任をとる形で党首を辞任した福島瑞穂の後任を決める党首選への出馬を表明。同年10月14日、17年振りとなる党首選で石川大我を破って第4代党首に選出された[1]。
党首就任後の10月29日、「脱原発」を訴えるかつての政敵・小泉純一郎元総理と会談し、意見交換した[2]。
略歴
- 1956年 - 大分県臼杵市に生まれる。
- 1979年 - 九州大学農学部卒業。
- 1979年 - 大分県庁入庁。
- 2000年 - 大分県議会議員に初当選。
- 2010年 - 参議院議員通常選挙で比例区から出馬し、初当選。
- 2013年 - 党政策審議会長に就任。
- 2013年 - 党代表に選出。
政策
活動
- 初当選を果たした第22回参議院議員通常選挙では、携帯電話会社のキャンペーン名と自身の名前の読みが同一であることに着目し、陣営では同キャンペーンのパロディともとれるポスターを掲示する戦術を展開した[4][5]。
- 『高校無償化』制度の朝鮮学校への即時適用と補助金復活を求める院内集会(2013/4/25)に出席した[8]。
議員連盟
- 立憲フォーラム(呼びかけ人)
脚注
- ^ “社民党党首選、吉田忠智氏が若手振り切り新代表に”. 産経新聞. (2013年10月14日) 2013年10月14日閲覧。
- ^ “小泉元首相、脱原発へ世論喚起=「主張続ける」-吉田社民党首と会談”. 時事通信. (2013年10月29日) 2013年11月3日閲覧。
- ^ 金曜アンテナ2013年9月13日
- ^ ’10参院選おおいた:「ただとも」さん、比例代表で初当選 - 2010年7月12日 毎日jp(毎日新聞)
- ^ 選挙:参院選 民主大敗 「反菅」1人区直撃 県連、口々に反省「与党の重責、痛感」 - 2010年7月12日 毎日jp(毎日新聞)
- ^ 政治漂流2010参院選 参院選ポスターに犬の「お父さん」 SB「ただとも」に「ただ乗り」? - 2010年7月1日 J CASTニュース
- ^ 白戸次郎|softbank -softbank
- ^ 『朝鮮学校差別問題で院内集会/国会議員など日本人士も参加、180余人 〝許さない!子どもたちへの差別〟』(朝鮮新報)
外部リンク
党職 | ||
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先代 福島瑞穂 |
社会民主党党首 第4代:2013年 - |
次代 現職 |
先代 阿部知子 |
社会民主党政策審議会長 第8代:2013年 |
次代 吉川元 |