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三菱・ギャラン

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ギャランGALANT )は、三菱自動車工業[1]自動車2014年現在は中国市場専売車種であり、日本ではギャランフォルティス(海外名:ランサー)が販売されている。

本稿ではセダンを中心に記述する。また、この項目では以下のモデルについても便宜上記述する。

  • コルトギャラン
  • ギャランΣ
  • ギャランΣハードトップ
  • ギャランスポーツ

なお、クーペ仕様のギャランGTOギャランクーペFTOギャランΛについては当該項目を参照のこと。

歴史

初代(1969年-1973年)

三菱・コルトギャラン
初代
コルトギャランAIIGSハードトップ
概要
販売期間 1969年 - 1973年
ボディ
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドア セダン
2ドア ハードトップ
3ドア/5ドアライトバン
駆動方式 FR
車両寸法
ホイールベース 2,420mm
全長 4,080mm
全幅 1,560mm
全高 1,370mm
車両重量 855kg
テンプレートを表示
  • 1969年12月、「コルト・ギャラン」の名で発売。「コルト・ギャラン」は、従来のコルト1200/1500とは全く異なるコンセプトの新しい4ドアセダンとして1969年12月にデビューし、「ギャラン」というサブネームが初めて与えられた(後にコルトが取れてギャランを名乗る)。エクステリアデザインはジョルジェット・ジウジアーロが提案したデザイン案を参考に三橋慎一を中心とした社内チームによって仕上げられた[2]。当時としては流行の先端をいく“ダイナウェッジライン”を採用した斬新なスタイルが評判を呼び、大ヒットとなった。前面は角型2灯スタイルを採用。1,300ccSOHCエンジン(4G30)を積んだAIシリーズと1,500ccSOHCエンジン(4G31)のAIIシリーズの2本立が基本で、それぞれ4車種、3車種、合計7車種のバリエーションで構成された。のちにエステートバンの前身である「エステートV」も登場する(3ドアと5ドアの2種類)。スペシャルティーカーのギャランGTO1970年発売。
  • 1970年5月 2ドアハードトップ追加。1,500ccのAIIシリーズに設定されカスタム/カスタムL/GSの3グレード。カスタムLにはAT車も設定された。そのスタイリッシュなシルエットが好評で迎えられ、やがて対米輸出も行われた。
  • 1971年3月 全モデルマイナーチェンジで丸型4灯ライトへ。
    • 9月 セダンのマイナーチェンジ/排気量アップで14L(4G33)/16L(4G32)へ/インパネのデザイン変更/AIIカスタムL→16L GL・AIスポーツ→14L SLに改称。
  • 1972年9月 16L GS-5(5速MT)と14L・GLを追加。
  • 1973年1月 ハードトップGSは17L(4G35・1700cc)へ。
    • 3月 セダン16L MCA(50年排出ガス規制対応)追加。

2代目(1973年-1977年)

三菱・ギャラン
2代目
後期型セダン (1974年-1976年)
後期型ハードトップ ダッジ・コルト(1974年-1977年)
概要
販売期間 1973年 - 1976年
(ハードトップ、個人向けセダン)
1973年 - 1977年
(バン、タクシー用LPGモデル)
ボディ
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドア セダン
2ドア ハードトップ
5ドアライトバン
駆動方式 FR
車両寸法
ホイールベース 2,420mm
全長 4,200mm
全幅 1,615mm
全高 1,360mm
車両重量 985kg
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1973年6月登場。“コルトギャラン”から“ギャラン”となり、車格もアップした。通称も“ニューギャラン”。ボディ形状は4ドアセダン・2ドアハードトップ・5ドアライトバンの3種。バンのサブネームを「エステートバン」に改称。

エンジンは16Lから引き継いだ1,600ccサターン(4G32)と、新開発の1,850ccおよび2,000ccのアストロン2種(前者が4G51、後者が4G52)を搭載。1600には通常のガソリンエンジンの他、EMAOと称するサーマルリアクター付排気ガス対策仕様のCA-II(排気ガス規制自体には適合していなかった)、タクシーLPG仕様の3種に細分化される。1850と2000にはシングルキャブとツインキャブがそれぞれ用意され、合計7種のエンジンラインナップがあった。

デザインは先代のイメージを引き継ぎつつも曲面を多用したものになり、ボディサイズも大幅に拡大。ホイールベースは先代と同じ数値(2,420mm)ながら同年2月に発売されたランサーとの住み分けから、居住性を重視した内容になっていた。足回りのセッティングもソフトにされた結果、先代にあった走りのイメージは大幅に薄れてしまった。ただし、当時流行した“インボルブメント・デザイン”は採用せず、セダン・ハードトップ共に後方視界が良かった。また、伝統のチルトステアリングのほかにランバーサポートを初採用し、適切なシートポジションが取れることをカタログや広告などで謳っていた。

しかし、初代と比べてデビュー当初からインパクトに欠けていたため、売上は芳しいものではなく、加えて発売直後に起こったオイルショックにより、ニューギャランの販売台数は壊滅的な打撃を受けた。

1974年にはCA-IIが昭和50年排出ガス規制(A-)に適合、名称もMCAとなる。

1975年には1600SL-5をベースに丸目2灯ヘッドランプ・サイドストライプを採用した、1600GT・SL-5(これが正式呼称)をシリーズに加える。

同年11月には主力モデルが50年排出ガス規制を乗り越え、翌51年の排出ガス規制(B-)をクリアするなど、積極的な販売促進策を採るのだが、1976年にギャランΣにモデルチェンジした。なお、ライトバンとタクシー用LPG仕様車は翌年まで継続生産されていた。2ドアハードトップはギャランΛに引き継がれた。

3代目(1976年-1980年)

三菱・ギャランΣ
3代目
前期型セダン 2000GSR(1976年-1978年)
後期型エステートバン(海外仕様・1978年-1980年)
概要
販売期間 セダン:1976年 - 1980年
バン:1977年 - 1980年
デザイン アルド・セッサーノ
ボディ
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドアセダン
5ドアライトバン
駆動方式 FR
パワートレイン
エンジン 4G32 1.6L→G32B 1.6L
G53B 1.85L
G52B 2.0L
車両寸法
ホイールベース 2,515mm
全長 4,330mm
全幅 1,670mm
全高 1,360mm
車両重量 1,100kg
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  • 1976年5月発売。「Σ(シグマ、「集大成」の意味を込めたネーミング)」のサブネームが付き、当時の国産車にはないヨーロピアン調デザインを意識したスタイリッシュな4ドアセダンとなる。エクステリアデザインはイタリア人デザイナーのアルド・セッサーノが担当した。エンジンは1,600cc(サターン・4G32型SOHC)と1,850cc(アストロン80・4G51型SOHC・サイレントシャフト付)と2,000cc(アストロン80・4G52型SOHC・サイレントシャフト付)の3種類。
  • 1977年2月、一部改良。全車フェンダーミラーがタルボ型に統一(後述する教習車仕様は除く)。ツインキャブレター仕様の「1600GS」を除く、1600車のエンジンがこれまでの4G32からサイレントシャフト付・タイミングゴムベルト駆動・MCA-JETシステム装備・昭和53年度排出ガス規制適合のG32Bに換装。同時に最廉価グレードの名称が「1600カスタム」が「1600L」に改名される。同時に2000シリーズの「2000スーパーサルーン」および「2000GSR」のブレーキが4輪ディスクブレーキ化されホイールがそれぞれ13インチから14インチに大型化される。
  • 1977年8月、一部改良。エステートバンをフルモデルチェンジ。このエステートバンに搭載されるエンジンは普及グレードには4G32型が用意され最上級グレードの「2000スーパーエステート」には4G52型が用意される。またセダンには新たに「2000GSLスーパー」と1600シリーズとしては最上級グレードとなる「1600SLスーパー」がそれぞれ追加。これと引き換えにセダンの1850シリーズ全車、および昭和53年度排出ガス規制をクリアすることができなかったセダンの1600シリーズの「1600GS」がそれぞれ廃止され、全てプロペラシャフトが3分割式から4分割式のものに統一される(エステートバンを除く2000シリーズは登場当初から全て4分割式のプロペラシャフトが用いられている)。セダン2000シリーズ(除GSR)が全てMCA-JETシステムに対応し昭和53年度排出ガス規制に適合、エンジン型式G52B。
  • 1978年3月、「2000GSR」の廃止。また、カープラザ店設置に伴い姉妹車ギャランΣエテルナ[3]発売。エクステリア上の相違点はオリジナルが丸形4灯シールドビーム式ヘッドランプに対し、こちらは異形角型2灯式ヘッドランプを採用している点などが挙げられる。
  • 1978年10月、マイナーチェンジ。全車にSAE規格の角形4灯式ヘッドランプが採用され、リアコンビネーションランプも大型化。フロントノーズがセミスラント化。「1600SLスーパー」および「2000GSL」以上の2000シリーズには衝撃吸収式の大型ウレタンバンパーが採用される。

教習車仕様には北米仕様と同一の大型バンパー、およびエンジン回転計(タコメーター)を標準で装備しており、クラッチ操作においてエンジン回転を目安にしやすく初心者には好評であった。

なお、歴代のギャランシリーズで最も販売台数が多かったのはこの3代目(初代ギャランΣ)である。その理由はこの車両のLPGタクシー仕様車が全国で非常に多く採用されたためである。

4代目(1980年-1984年)

三菱・ギャランΣ
4代目
後期型セダン 2000GSR ターボ
概要
販売期間 セダン:1980年 - 1983年
バン:1980年 - 1984年
タクシー仕様:1980年 - 1984年
デザイン アルド・セッサーノ
ボディ
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドアセダン
5ドアライトバン
駆動方式 FR
パワートレイン
エンジン G32B 1.6L
G62B 1.8L
G63B 2.0L
4D55 2.3Lターボ/2.3L
変速機 5速MT
3速AT
車両寸法
ホイールベース 2,530mm
全長 4,570mm
全幅 1,680mm
全高 1,380mm
車両重量 1,190kg
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1980年5月、フルモデルチェンジ。人気の高かった先代の直線基調イメージを色濃く残しながらも、空力性能を向上したスラントノーズが特徴でもあった。スタイリングは先代モデルのテーマを継承しているが、クリーンでシンプルな面構成、フォグランプ内蔵のヘッドライトやスラントノーズと一体化されたチンスポイラーなど、先代同様に当時の欧州車の流行を取り入れたものでより洗練されている。エンジンは1,600ccサターン80・86PS(G32B)、1,850ccシリウス80・100PS(G62B)、2,000ccシリウス80・110PS(G63B)、2,300ccアストロンディーゼル・75PS(4D55)の設定で競合車種に三菱も合流し、競合車種にいち早く2,300ccアストロンディーゼルターボ・95PS(4D55)を搭載しハイパワー化と省エネ時代に挑んだ[4]

当時のエンジンとしてはかなり強力なトルクを発生した2,000ccガソリン車とディーゼルエンジン車のMTには、クラッチの繋がりをよりマイルドにする目的で、フルードカップリングが採用された。このためシフトパターンは通常の5速パターンにATと同じPポジションが追加された特殊なものとなっている。

また電子技術の発展による装備品のクオリティもこのクラスでは考えられないものがありVELNAS(ベルナス)と呼ばれるドライブコンピュータ(ストップウォッチ・平均速度・燃費・燃料消費量が表示できた)・後席パワーリクライニングシート・リヤにボックス型スピーカを備えたカーコンポ・さらに最上級グレードの2000ロイヤルには本革シート装着車もあった。

タクシー仕様も設定され、エンジンは1800LPG(G62B)と2300ディーゼルの2種類。1984年まで生産。ライトバン(車体は先代をキャリーオーバーし、フロント周辺のみ4代目と共通にしたもの)も設定され、1,600ccにLとGL・2,000ccスーパーエステートの3種類が設定。1985年2月に新型ミラージュ/ランサーバンに合流した。

  • 1980年11月、2000ガソリンターボ車追加。電子制御噴射装置の組み合わせで145PSまでパワーアップ。
  • 1981年4月、ターボ車(ガソリン・ディーゼル共に)AT車追加。
  • 1981年11月、マイナーチェンジ。バンパーガードを装着しリヤバンパーの中央にナンバープレートを移動。2,000ccのガソリンエンジン車にECIターボ搭載車を拡大設定。
  • 1982年11月、新たに1800にスーパーサルーンターボとバックソナーを装備した1800GLサルーンAD登場。
  • 1983年9月、先代のキープコンセプトだったことや販売不振のため、わずか3年4か月でFF方式の新型ギャランΣにフルモデルチェンジ。ただしライトバン(1985年2月にミラージュ/ランサーバンと統合しFF化)とセダンのLPGエンジンのΣのタクシー向けモデルは1984年10月まで継続生産された。

5代目(1983年-1999年)

三菱・ギャランΣ
5代目
概要
販売期間 セダン:1983年 - 1990年
ハードトップ:1984年 - 1990年
タクシー仕様:1984年 - 1999年
デザイン アルド・セッサーノ
ボディ
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドアセダン/ハードトップ
駆動方式 FF
パワートレイン
エンジン G32B 1.6Lキャブ
G62B 1.8L ECIターボ/G62B 1.8L ECI/G37B 1.8Lキャブ
G63B 2.0L ECI DASHターボ/ECIターボ/キャブ/6G71 2.0L ECI
6G72 3.0L ECI
4D65 1.8L ディーゼルターボ
変速機 3AT/4AT/4MT/5MT
車両寸法
ホイールベース 2,600mm
全長 4,560mm
全幅 1,695mm
全高 1,385mm
車両重量 1,160kg
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  • 1983年8月 フルモデルチェンジ。駆動方式がFFに変更される。エンジンはG63B(T/C付)、G63B、G62B(T/C付)、G37Bの4種類で、グレードは17類別。G63Bには世界で初めてオートラッシュアジャスタを採用した。
  • 1984年2月 1800ディーゼルターボ(4D65型シリウスディーゼル搭載)と1600シリーズ追加。
  • 1984年6月 2000スーパーエクシード追加。新開発の可変バルブ機構付G63B型シリウスDASH3×2(後に「サイクロンDASH3×2」に改名)SOHC4気筒12バルブインタークーラーターボエンジンを搭載し、最高出力は200馬力(グロス)。カー・グラフィック1984年8月号のテストデータによると、5速MTで0-400mは16.0秒、0-1000mは29.3秒、最高速度は207.7km/hで、当時の日産・スカイライン日産・フェアレディZと直線ではほぼ互角である。ちなみにこのエンジンはスタリオンの2000GSR-Vにも同時搭載されている。
  • 1984年10月 4ドアハードトップを追加。1990年まで製造され、後のディアマンテ/シグマへと繋がる。
  • 1984年11月 セダンの2,000cc全車にスーパーエクシードと同じ大型バンパーを装着。「ターボGSR-X」は「エクシードターボ」に改称。
  • 従来型で継続生産されていたLPGエンジンのタクシー仕様をフルモデルチェンジ。このモデルは1999年まで製造され、主に地方都市を中心に使われ、FF車であったことから特に積雪地での需要が多かった。
  • 1985年 西ドイツゴールデンステアリング賞(2,000cc以下部門)を受賞する。
  • ギャラン生産累計300万台達成を記念して、特別仕様車「EXE(イグゼ)」が登場。なお、EXEというネーミングは当時三菱自工社員であった篠塚建次郎が「ギャランで行くぜ」という駄洒落から名付けた。以降、「EXE」は7代目までバリュー仕様のサブネームとして登場することになる。
  • 1986年2月 セダンのマイナーチェンジ。燃焼室の形状を大幅に見直した新開発のサイクロンエンジンのECIマルチに換装(1800ディーゼルターボ全車、2000スーパーエクシード、ハードトップ2000VRは除く)。
  • 1986年10月 サイクロンV6 2000エンジン(6G71型)を搭載。これにより4気筒2000はターボ車のみの設定となる。同時にハードトップはフェイスリフト。
  • 1987年10月 新型ギャランの登場でセダンはV6 2000と1800LPGタクシー仕様のみとなる。ハードトップはそのまま継続。
  • 1988年2月 一部変更。ハードトップのターボ車はダッシュターボのみにするのと同時にハードトップ4気筒1800とダッシュターボVXエクストラ追加。一方、セダン(タクシー仕様を含む)はSAE規格の角形4灯ヘッドランプにリファインと同時にフロントグリル変更。また、ダッシュターボ車はこれまでの太径シングルエキゾーストパイプから細径デュアルエキゾーストパイプに変更。
  • 1989年5月 3ナンバーの税金が安くなったのを理由にハードトップにV6 3000のデュークが追加された。ディアマンテ登場までのつなぎ役でもあった。
  • 1990年5月 ディアマンテにバトンを渡す形でハードトップ生産終了。タクシー仕様は一部改良し、サイドドアビームのオプション設定。
  • 1990年10月 シグマにバトンを渡す形でセダン2,000ccV6車生産終了。1,800ccのタクシー仕様のみとなる。
  • 1992年5月 一部改良。ハイマウントストップランプのオプション設定。
  • 1993年10月 一部改良。MMC→MITSUBISHIロゴ変更およびエアコン代替フロン使用。
  • 1999年12月 タクシー車市場撤退に伴い、デボネアとともにタクシー仕様を生産中止。これにより、ギャランΣは、23年7か月の幕を閉じた。

6代目(1987年-1992年)

三菱・ギャラン
6代目
VR-4
輸出仕様
概要
販売期間 1987年 - 1992年
ボディ
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドア セダン
駆動方式 FF/4WD
パワートレイン
変速機 5速MT
4速AT
車両寸法
ホイールベース 2,600mm
全長 4,530mm-4,560mm
全幅 1,695mm
全高 1,415mm-1,440mm
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1987年登場。「E30系」はΣのサブネームが取れ、2代目以来久々に単なる「ギャラン」の車名に(5代目Σを1990年まで併売)。スリーダイヤのエンブレムが復活した(トランクリッドにはMMCのエンブレムも残っている)。G(グレ)、V(ヴィエント)、M(ミュウ)、4WD-V、と命名された4つのシリーズで構成されている[5]。オーガニックフォルムと呼ばれるS字状のサイドビューと三菱伝統の逆スラントノーズを久々に復活させたのが特徴である。

トップグレードであるVR-4は、三菱の看板車種かつ競技ベース車として世界ラリー選手権 (WRC) グループAに参戦させることを前提として開発され、当時のハイテク装備(4VALVE、4WD、4WS、4IS、4ABS)を「ACTIVE FOUR」と呼称して装備し、当時直列4気筒史上最強のネット値205PSを発生させる名機4G63ターボエンジン(インタークーラ付)を搭載したスポーツセダン。初期205ps→中期220ps→後期240psとマイナーチェンジ毎にパワーアップが図られ、並み居るバブル期の国産車でも屈指の快速を誇った。マイナーチェンジ時に追加されたAT車は、小径T/Cをはじめとした異なるチューニングとなっており、最高出力は210psに抑えられている。その4G63ターボエンジンと4WDシステムはランサーエボリューションに受け継がれ、年々進化していった。ランエボだけでなく現代の国産ハイパワー4WD車の元祖であり、三菱の自動車史に残る名車・傑作の一つとして現在も評価が高く、程度の良い個体は中古車市場ではランサーエボリューションI - IIIよりも高価になる場合もある。

VR-4以外のラインアップには、2000DOHC16バルブ(4G63・140PS)・1800SOHC(4G37・ECI仕様94PS/エレクトロ キャブレタ仕様85PS)・1800ディーゼルターボ(4D65T)・1600SOHC(4G32・79PS)などがある。カープラザ店で販売される姉妹車エテルナは5ドアハッチバックとなった。ちなみに、日本で売られていた5ドアのエテルナは、輸出市場ではギャランとして販売されていた。後に、日本では不人気な5ドアであることによって販売が不振になり、わずか1年半で普通の3ボックスセダン「エテルナSAVA」が追加されることになった。

マイナーチェンジ時に追加された「AMG」には、4G63NAエンジンをベースに、高速型中空カムシャフト、冷鍛製チタン合金リテーナ、ステム細軸化、ポート径拡大、ピストン変更、触媒排気抵抗低減、プレミアムガソリン仕様化などのチューニングを施し、さらに排気系の改良などが施された。このAMG専用エンジンは、NAという事もあってスペック上はVR-4に搭載されたT/C インタークーラ付仕様に及ばないものの、そのフィーリングは高く評価されている。また、このエンジンの各種パーツは、フォーミュラ・ミラージュにおいても使用された。また「VX」、「VX-S」には電子制御アクティブサスペンション「ECS」を採用していた(ECSはMX、AMG、Viento等にもメーカーオプションとして装着可能)。

開発途中まで、5代目ギャランΣの延長線上にあるエクステリアデザインであったが、社内プレゼンテーションで「新鮮さに欠ける」との意見があがり、それまでインテリアを担当していた当時31歳の若手デザイナーが、急遽2ヶ月で仕上げて提案したモデルが採用された。非常にマッシブなスタイルであり、40歳代~50歳代からは拒否反応が強く、半面でそれ以下の世代からは強い支持があったための採用と言われている。スタイリッシュな4ドアハードトップ全盛の中での居住空間を重視した高い全高、巨大なメーターをはじめとして内外装ともに個性的なスタイリングであるとともに、2010年現在では常識となったダイヤル式エアコンスイッチ、グリップ式ドアハンドル、親指以外の4本の指をスムーズに入れられる大型インサイドドアハンドルなど、日本車に先駆けて採用となったものも多く、きめ細かい使い勝手への配慮が伺える。

この6代目ギャラン発表に際し、スタイリングを中心とした開発過程を纏めて書籍として発売しており、当時の三菱自動車の強い意気込みが伺える。メインセクションのS字断面スタイリング(三菱の定義ではオーガニックフォルム)は、その後の一部のアメリカ車などにも影響を与えた。ただし、この処理はギャラン以前に既にジョルジェット・ジウジアーロが1980年のコンセプトカー、「メドゥーサ」で用いている。

このギャランのデザインやメカニズムを基本とし、それ以降に発売されたミラージュやランサー[6]ミニカといった三菱車がフルモデルチェンジしていった点は、特筆すべき点である。

E39A型ギャランVR-4は1988年グッドデザイン賞を受賞している。 VR-4は、ライバルであるスバル・レガシィ(初代)2.0RS(1989年発売)と肩を並べる程の実力であった。

  • 1987年10月 6代目ギャラン発表、同日よりFFシリーズ販売開始。2,000ccの「MX」、「VX」、「VZ」、1,800ccECIの「MS」、「VS」、1,800ccキャブの「MF」、「GF」、1,600ccの「ME」、「GE」、「G」がラインナップされた。
  • 1987年12月 「2.0DOHC TURBO VR-4」「2.0DOHC VX-4」販売開始。同時にCMSC系クラブと一部有力ショップに、ラリー専用モデルとして「2.0DOHC TURBO VR-4 R」を100台限定でデリバリ。スペック的にはVR-4 RS(翌年発売)と同等である。第8回日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞。
  • 1988年3月 日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞を記念して、ビスカスLSD、ブロンズガラス、記念エンブレム等を装備し、専用ボディーカラー(セルビアブラック)とした「VR-4 カー・オブ・ザ・イヤー特別仕様」を発売。また1800ターボディーゼル(4D65)を搭載した「1.8D TURBO MF」「1.8D TURBO GE」と、モータースポーツ用のベース車として装備を簡略化した「2.0DOHC TURBO VR-4 RS」を追加。
  • 1988年10月 一部改良。塗色の追加、設定及び装備の見直し。2.0DOHC VXをベースに装備を充実、外観をVR-4と同一のエアロバンパーやカラードガーニッシュ等を装備した「2.0DOHC VX-S」、1.8ECIエンジン搭載の4WD「1.8i MS-4」「1.8i GS-4」を追加。
  • 1989年4月 1.8LモデルにDOHCエンジン(4G67)を搭載した「1.8DOHC Viento(ヴィエント)」「1.8DOHC MU EXTRA」、1.8 GFをベースに装備を充実させた「1.8 GF EXTRA」を追加。
  • 1989年10月 全車マイナーチェンジを実施。バンパー組み込みフォグランプ付き大型バンパーを廉価モデル(1.6G 1.6GE 1.8D TURBO GE)を除き採用。VR-4にリクエストの多かったAT車を追加(ただしATの耐久性の絡みで210PSとなる)。VR-4のMT車は220PSにパワーアップ。2.0DOHC車(4G63NA)は145psにパワーアップ。1.8i MSはエンジンをSOHC・ECIマルチ(4G37)からDOHC(4G67)に変更。4G63のNA仕様にAMGによるチューニングを施し、専用トランスミッション、専用内外装とした「2.0DOHC AMG」を追加。
  • 1990年1月 1989年WRC RACラリー総合優勝を記念して、本革スポーツシート、シースルーヘッドレスト等を装備して、専用ボディーカラー(オニキスブラック)とした「2.0DOHC TURBO SUPER VR-4」を発売。
  • 1990年4月 1.8i MS-4/1.8i GS-4にAT車を追加。
  • 1990年10月 一部改良。VR-4の5MT車は240PSにパワーアップ。タービンの変更、インタークーラーの大型化、ボンネットへのエアアウトレット装備等各種変更が行われている。2.0DOHC車(4G63NA)はハイオク仕様となり160psにパワーアップ。全車にサイドドアビームを標準装備。上級グレードにキーレスエントリ、運転席パワーシートを設定。ビスカスLSD、サンルーフ、専用デカール等を装備し、専用ボディカラー(オニキスブラック)とした「2.0DOHC TURBO VR-4 モンテカルロ」を発売。
  • 1991年1月 AMGチューンのエンジンとAMGデザインのアルミホイールはそのままにエクステリアをVR-4と同じものとして値段を下げた「2.0 DOHC AMGタイプII」と、1.8 MF/1.8DOHC MU EXTRAをベースに装備のグレードアップを図った「1.8 MU EXCEED」「1.8DOHC Viento EXCEED」を追加。
  • 1991年6月 1.8 MU EXCEED/1.8DOHC Viento EXCEEDにオートエアコンを追加し、その他装備を見直して価格を引き下げた「1.8 EXE」「1.8DOHC EXE」と、4WS付きのE39A VR-4RSをベースに、AMGと同じシュロスシルバー色に塗られ、パワーウインドウやオートエアコン、電動リアスポイラーを装備した、「VR-4 Armed By RALLIART」を発売。

7代目(1992年-1996年)

三菱・ギャラン
7代目
セダン
概要
販売期間 1992年 - 1996年
ボディ
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドア セダン
5ドア ハッチバック
駆動方式 FF/4WD
パワートレイン
変速機 5速MT
4速AT
車両寸法
ホイールベース 2,635mm
全長 4,610mm-4,630mm
全幅 1,730mm
全高 1,400mm-1,430mm
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  • 1992年5月登場の「E5,E6,E7,E8系」ギャランは「E30系」から一転して丸みを帯びた3ナンバーボディに新開発の6A系のV6エンジンを(V6SOHC24バルブが1.8L6A11型135馬力と2.0L6A12型145馬力 6A12型V6DOHC24バルブがNA仕様170馬力とVR-4専用のターボ仕様)主力として採用し、他に1.8L4気筒と2000ターボディーゼルがありV6エンジンのATにはファジイ制御を取り入れるなどされていた。

VR-4は6A12ツインターボのV6 2LエンジンでMT車240ps、AT車215psとなった。

  • 1993年10月 一部変更。トランクリッド左側のロゴがMMC→MITSUBISHIとなる。1,800cc4気筒に省燃費仕様のMVV・2,000ccV6MIVECエンジン(200PS)搭載のVX-Rを追加。
  • 1994年1月 廉価版の1800EXEを追加。
    • 9月 RV風5ドアハッチバックのギャランスポーツ登場。ヨーロッパ輸出用ギャラン5ドアに、RV風の装飾を施したモデルであり、GTの走りとRVの遊び心を併せ持つモデルとして販売された。エンジンはV6 2000(6A12)でターボ付きの「スポーツGT」(MTは240PS ATは215PS)と、NAの「スポーツ」(SOHC145PS)の二種類。屋根上のルーフレールと大型トランクスポイラーが特徴。GTには大型のバンパーガードも装備されていた。当時、ステーションワゴンがブームであり、特に2,000ccターボエンジン搭載のスバル・レガシィGTは大ヒット作となった。しかし当時の三菱のラインナップにはミドルクラスのワゴンが存在しておらず[7]、またワゴンにスポーティなエンジンを搭載していなかったことから販売面で苦戦していた。そこで輸出用のギャラン5ドアをベースにRV風味の意匠に仕立て、「ワゴン風味」としたのが当モデルである。
    • 10月 マイナーチェンジ。4気筒DOHC車を追加。
  • 1995年5月には限定生産で25周年記念特別仕様車のヴィエントツーリングが追加された。

姉妹車としてカープラザ店向けにエテルナ、ハードトップのエメロードが設定されていた。また海外では、クライスラーブランドのシーラスセブリング(初代)、ダッジブランドのストラタスアベンジャー(初代)とのプラットフォームが共有されていた。6代目とは異なり、ギャランとエテルナでスタイリング面で完全に独立したモデルとされた。しかし、前モデルのマッシブなスタイリングが女性に不評だったとのマーケティングの結果と、空力追求のためのキャビン縮小から、没個性的で中庸なデザインとなり、また、無意味に肥大化した車体などもあって商業的には失敗に終わる。それまで設定されていた教習車仕様も3ナンバーサイズに拡大されたことで1クラス下のランサーに輸出仕様の大型バンパーを装着して全長を伸ばしギャラン/ギャランΣの代替をおこなった。

8代目(1996年-2005年)

三菱・ギャラン
8代目
前期型
後期型
概要
販売期間 1996年 - 2005年
デザイン 仲西昭徳
ボディ
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドア セダン
駆動方式 FF/4WD
パワートレイン
変速機 5速MT
4速AT/4速セミAT
車両寸法
ホイールベース 2,635mm
全長 4,620mm-4,680mm
全幅 1,740mm
全高 1,420mm-1,430mm
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  • 1996年8月登場。「EA/EC」系は、世界で初めて量産車にガソリン直噴エンジンGDIを搭載したVR-G/Viento系(1.8L)とスポーツセダングレードのVR-4を設定。VR-4は280ps(ATは260ps)を発揮する2.5L V6ツインターボ(6A13)を搭載。AYC、ASCなどの先進技術が投入された。「E30系」を彷彿とさせるデザインで、フロントコーナーを斜めに切り落としたような「ダイアモンドノーズカット」を採用した。1996年のカーオブザイヤーを受賞した。派生車種として、ステーションワゴン版となるレグナム、カープラザ店向けの姉妹車アスパイア(エテルナ→カリスマの後継車)が存在したが、レグナムは2002年8月に、アスパイアは2003年3月に廃止された。
  • 同車には警察の捜査車両向けにスチールホイールや黒色ドアノブ&ミラーなど装備の質を落としたVE(受注生産)も存在する。当初は警察専用だったが後に市販された。登場初期で導入されたためにエンジン不具合が続出し、リコール隠しも発覚したために、これ以来三菱車が国費で大量導入されることはなくなった。また、警察の高速隊には一部VR-4を導入しているが全国で10台程度と非常に少ない。
  • 1998年8月、マイナーチェンジ。外装はフロントグリル、パンパー、ボンネット、テールランプの意匠を小変更。内装ではシート地やメーターパネル内のGDIエコランプなどが変更された。2.4L DOHC GDIの「24 Viento」追加。「VR-4」のATを280psにパワーアップ。VXが廃止され、VEがカタログモデルに昇格した。
  • 2000年5月、一部改良。1.8Lシリーズを2Lに換装し、「平成12年排出ガス規制」に適合。ボディーも強化され側面衝突性能を向上。一部グレードにチタン調センターコンソールパネルを採用。
  • 2002年9月、「VR-4」が廃止され2L DOHCに一本化。スポーツセダンとしてのギャランはここで一旦幕を閉じる。同時にヴィエントのアルミホイールを16インチに拡大。リアにもディスクブレーキを採用。
  • 2005年6月15日、折からのセダン型乗用車需要の低迷を理由に、日本における中大型セダン市場からの撤退を決定、同年12月にディアマンテと共に日本国内販売を終了。日本国内市場では36年の歴史に一旦幕を降ろすことになるが、2年後の2007年8月23日ギャランフォルティス(7代目ランサーの日本名)として、直系でないとはいえギャランの名前が復活することになる。

9代目(海外専売車種、2003年-2013年)

三菱・ギャラン
9代目
後期型
概要
販売期間 2003年 - 2013年
ボディ
乗車定員 5人
駆動方式 FF
パワートレイン
エンジン 直4 2.4L
V6 3.8L
変速機 4速AT/4速セミAT/5速セミAT
車両寸法
ホイールベース 2,750mm
全長 4,840mm–4,850mm
全幅 1,840mm
全高 1,470mm–1,480mm
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北米仕様

  • 2003年4月ニューヨーク国際オートショー自動車ショーで発表。北米市場に特化した「プロジェクトアメリカ」(全て三菱・PSプラットフォームを使用)シリーズの第二弾として開発が進められた。ボディサイズ、エンジンとも大型化された。
  • 2006年、ロシアや中東諸国への輸出を開始。北米での販売台数が期待ほどには伸びなかったため米国工場の稼働率を向上させる狙いもある。また、これにあわせて小規模なフェイスリフトを行い、フロントグリルの意匠が変更された。
  • 2008年2月、再びフェイスリフトが行われシカゴオートショーで発表された。リアセクションが大幅に変更されている。
  • 2011年1月、中期経営計画の「ジャンプ2013」を発表。その中で、販売不振が続く北米事業を立て直すため、2014年までに北米専用車を全て廃止すると宣言した。
  • 2012年12月11日エクリプスと同時に生産を終了し、北米での販売を年内に終了する事が発表された。
  • 2013年2月6G75型V6・SOHC24バルブエンジンを搭載する3.8Lモデルが販売終了。以後は4G69型直4・SOHC16バルブMIVECエンジンを搭載する2.4Lモデルの在庫分のみの販売となる。
  • 2013年12月、販売終了。

アジア仕様(グランダー)

ギャラン・グランダー(2005年モデル)

台湾では三菱自動車のビジネスパートナーである中華汽車2004年12月に「ギャラン・グランダー」(Galant Grunder)の名称で発表した。開発は中華汽車亜州技術研発中心 (CARTEC) で行われ、内外装がベースの北米仕様車から大幅に変更された。グランダーは2006年1月にはフィリピンへの輸出が開始され、同年11月には中国東南汽車でも「ギャラン」(戈藍)として製造・販売が開始された。

エンジンは直4 2.4Lが搭載される。中国のみ後に2.0L搭載車も追加された。

2007年12月にフェイスリフトが行われて富士山グリル(いわゆるブーレイ顔)が廃止された。この時にカタログ表記上は「グランダー」となったが、エンブレムは従来通り「GALANT Grunder」と表記されている。2009年にはタクシー向け専用モデルが追加された。

2013年6月時点で、台湾では既に製造・販売が終了した模様である[8]

豪州仕様(380)

オセアニアでは、前後デザインを若干修正したものが「三菱・380」として発表された。それまでのマグナ/ベラーダの後継車種である。アデレード工場で生産されていたが同工場の閉鎖に伴い、2008年限りでモデル打ち切りとなった。

ギャランフォルティス(2007年-)

ギャランフォルティス

名前の由来

  • 『GALANT』は、フランス語の「勇ましい、華麗な」という意味。

関連項目

脚注

  1. ^ 初代ギャランが発売された1969年当時は三菱自動車工業が発足していなかったため、三菱重工業が製造・販売を担当していた。
  2. ^ [1]
  3. ^ 1980年にエテルナΣに変更。
  4. ^ このエンジンはパジェロデリカにも搭載されたサイレンシャフト付きの4シリンダー2,300cc過給器付きで95PS(グロス)を誇り、4輪ディスクブレーキが奢られていた。(マイナーチェンジ後リアはドラムに格下げ)同クラスの2リッターノーマルアスピレーション車を上回る加速性・最高速度性能を誇り、カーグラフィック誌の長期テスト車にも採用された。
  5. ^ 『GALANT 商品技術説明資料』三菱自工、1987年、7頁から引用。
  6. ^ ランサーは1988年のフルモデルチェンジでFRのランサーEXとFFのランサーフィオーレを統合。
  7. ^ ラージクラスにはディアマンテワゴン、スモールクラスにはリベロが存在していた。
  8. ^ 國產中大型轎車掀退場潮 Accord、Mondeo改進口,Grunder不玩了” (中国語). 中国時報 (2013年6月20日). 2013年8月1日閲覧。

外部リンク