コンテンツにスキップ

岡山恭崇

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。240f:4f:431f:1:a4b5:ed40:edb0:aee6 (会話) による 2019年3月2日 (土) 10:36個人設定で未設定ならUTC)時点の版であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

岡山恭崇
Okayama Yasutaka
引退
ポジション センター
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1954-11-29) 1954年11月29日(69歳)
出身地 熊本県の旗熊本県上益城郡益城町
身長(現役時) 230cm (7 ft 7 in)
体重(現役時) 138kg (304 lb)
キャリア情報
出身 九州学院高校
大阪商業大学
ドラフト 1981年 8巡目171位
選手経歴
1979-1990 住友金属
獲得メダル
日本の旗 日本
バスケットボール
アジア競技大会
1982 ニューデリー 男子

岡山 恭崇(おかやま やすたか、1954年11月29日 - )は、熊本県出身の元バスケットボール選手。現役時代のポジションはセンター。

人物

九州学院高校卒業。大阪商業大学進学と同時にバスケットボールを始めた。中学高校時代は柔道選手(二段取得)であり、柔道選手としていくつか大学から勧誘もあったが、大商大バスケットボール部監督の人柄に引かれて転向を決意した[1]1979年住友金属工業に入社し、籠球団に所属。同年、日本リーグのリバウンド王、新人王を獲得。身長は歴代日本人選手最長の230cm、体重138kgだった。2024年現在、存命中の日本人としては最長身。 現役時代に周囲よりつけられたあだ名は、その容姿の逆をあえて言った『チビ』であった。

来歴

身長230cm(7フィート5インチ)の長身を生かしたプレーが魅力で、得点王や敢闘賞などの個人タイトルも数多く獲得。一方で全日本の中心選手として1979年から8年間に渡り活躍した。1981年のNBAドラフトでは、ゴールデンステート・ウォリアーズからドラフト8巡の10番目で指名を受けた[2]。NBAのドラフト指名は日本人初。しかし、プレーはしていない。

1990年に現役を引退し、アメリカでのコーチ研修を経て1993年から1995年まで住友金属アシスタントコーチ。1996年から1999年まで母校である大阪商業大学アシスタントコーチを務めた。

現在は2010年4月から関根床用鋼板株式会社の社業と並行し、テレビ番組出演などでバスケットボールの普及活動に当たっている。「やすたか」が発音しにくいのかアメリカでは、たまに間違ってYasutaku Okayama(おかやま やすたく)と紹介されている場合もあった。

著書

  • 岡山恭崇の楽しいバスケットボール(小峰書店、1989年)ISBN 9784338085045

参照

関連項目