イベントホライズンテレスコープ
イベントホライズンテレスコープ[1](Event Horizon Telescope: EHT)は、地球上にある電波望遠鏡を超長基線電波干渉法(VLBI)を用いて結合させ、銀河の中心にある巨大ブラックホールの姿を捉えるプロジェクトである。観測対象は、天の川銀河の中心にある「いて座A*」と巨大楕円銀河M87の中心にある超巨大ブラックホールであり、これを撮影可能な解像度を有している[2][3][4][5][6] 。イベントホライズンとは事象の地平面を意味する。
現在、マサチューセッツ工科大学のシェパード・ドールマンがプロジェクトディレクター[7]、アリゾナ大学のディミトリス・サルティスがプロジェクトサイエンティスト、ライデン大学のレモ・ティラヌスがプロジェクトマネージャーを務めている[8]。
概要
EHTは、世界中の複数の電波望遠鏡を結合させることで非常に高い感度と解像度を実現している。超長基線電波干渉法を用いることで、何千キロメートルも離れたところにある電波望遠鏡を結び付けて、地球と同じサイズの口径を持つ仮想的な電波望遠鏡を構成することができる[9]。EHTの実現のためには、サブミリ波での両偏波観測可能な受信機、230-450GHzの周波数帯でVLBIを実現できる高安定な基準周波数信号、広帯域なVLBIバックエンドとデータ保存装置の開発と、サブミリ波VLBI観測が可能な天文台での試験観測が必要であった[10]。
2006年に最初のデータを取得して以来、EHTは徐々に参加する望遠鏡の数を増加させていった。天の川銀河中心にあるいて座A*の画像を取得するための初めての観測は2017年4月に実施されたが[11][12]、EHTに参加する南極点望遠鏡の冬季閉鎖により、データの輸送と処理が2017年12月にずれ込んだ[13]。超巨大ブラックホールの画像が撮影されれば、アルバート・アインシュタインが提唱した一般相対性理論の検証が可能である[9][12]。
EHTの観測で取得されたデータは、ハードディスクドライブに保存され、飛行機で(いわゆるスニーカーネット)各望遠鏡からマサチューセッツ工科大学ヘイスタック天文台とマックス・プランク電波天文学研究所に運ばれ、40Gbit/sのネットワークで結合された800個のCPUを擁するグリッド・コンピューターで処理される[14]。
研究成果
2019年4月10日13時 (UTC) 、日本、アメリカ合衆国、ベルギー、チリ、中国、台湾で同時に研究成果についての記者会見が開かれ[15]、人類史上初[16]のブラックホールの直接撮影であるM87中心の巨大ブラックホールの撮像が公開された[17]。この観測により、超大質量ブラックホールの事象の地平面の周囲に存在する光子球[18] (photon sphere[18]) の存在とそれが作るブラックホールシャドウ[17][18]が直接確認された[17]。ブラックホールシャドウのサイズは1000億km、事象の地平面の直径は400億kmと見積もられている[17]。
参加機関
2019年現在、EHT評議会に代表者を出している機関は以下の13機関[7]。その他、EHTコラボレーションに個人として参加している研究者を含めると、76機関、206名が参加している[7]。
- 中央研究院天文及天文物理学研究所(台湾)
- 東アジア天文台(日本、中国、台湾、韓国)
- ゲーテ(フランクフルト)大学(ドイツ)
- マサチューセッツ工科大学ヘイスタック観測所(米国)
- ミリ波電波天文学研究所(フランス、スペイン)
- アルフォンソ・セラノ大型ミリ波望遠鏡(メキシコ)
- マックスプランク電波天文学研究所(ドイツ)
- 自然科学研究機構国立天文台(日本)
- ペリメーター研究所(カナダ)
- ラドバウド大学(オランダ)
- スミソニアン天体物理学観測所(米国)
- アリゾナ大学(米国)
- シカゴ大学(米国)
EHTに貢献している機関・望遠鏡は以下の通りである[20]。
- アルマ望遠鏡
- アタカマパスファインダー実験機
- 中央研究院天文及天文物理研究所
- アリゾナ大学
- カルテクサブミリ波天文台
- CARMA
- 欧州南天天文台
- ジョージア州立大学
- ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ大学フランクフルト・アム・マイン
- グリーンランド望遠鏡
- ハーバード・スミソニアン天体物理学センター
- マサチューセッツ工科大学ヘイスタック観測所
- ミリ波電波天文学研究所
- INAOE
- 東アジア天文台 ジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡
- 大型ミリ波望遠鏡
- マックス・プランク電波天文学研究所
- 国立天文台
- 米国科学財団
- マサチューセッツ大学
- オンサラ天文台
- ペリメーター研究所
- カリフォルニア大学バークレー校
- ラドバウド大学
- 中国科学院上海天文台
- サブミリ波干渉計
- コンセプシオン大学
- メキシコ国立自治大学
- シカゴ大学(南極点望遠鏡)
- イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校
- ミシガン大学
脚注
- ^ “天文学辞典 » イベントホライズンテレスコープ”. 天文学辞典. 日本天文学会. 2019年4月11日閲覧。
- ^ Falcke, Heino; Melia, Fulvio; Agol, Eric (2000). “Viewing the Shadow of the Black Hole at the Galactic Center”. The Astrophysical Journal 528 (1): L13-L16. arXiv:astro-ph/9912263. Bibcode: 2000ApJ...528L..13F. doi:10.1086/312423. ISSN 0004637X.
- ^ Bromley, Benjamin C.; Melia, Fulvio; Liu, Siming (2001). “Polarimetric Imaging of the Massive Black Hole at the Galactic Center”. The Astrophysical Journal 555 (2): L83-L86. arXiv:astro-ph/0106180. Bibcode: 2001ApJ...555L..83B. doi:10.1086/322862. ISSN 0004637X.
- ^ “Event Horizon Telescope”. Event Horizon Telescope. 2019年4月7日閲覧。
- ^ Overbye, Dennis (2015年6月8日). “Black Hole Hunters”. NASA 2019年4月7日閲覧。
- ^ Overbye, Dennis; Corum, Jonathan; Drakeford, Jason (2015年6月8日). “Video: Peering Into a Black Hole”. New York Times. ISSN 0362-4331 2019年4月7日閲覧。
- ^ a b c "イベント・ホライズン・テレスコープ ファクトシート" (PDF) (Press release). 国立天文台. 2019年4月11日閲覧。
- ^ “Organization”. Event Horizon Telescope. 2019年4月7日閲覧。
- ^ a b O'Neill, Ian (2015年7月2日). “Event Horizon Telescope Will Probe Spacetime's Mysteries”. Discovery News 2019年4月7日閲覧。
- ^ “Event Horizon Telescope”. MIT Haystack observatory. 2019年4月7日閲覧。
- ^ Webb, Jonathan (2016年1月8日). “Event horizon snapshot due in 2017”. BBC News 2019年4月11日閲覧。
- ^ a b Davide Castelvecchi (2017-3-23). “How to hunt for a black hole with a telescope the size of Earth”. Nature 543 (7646): 478-480. Bibcode: 2017Natur.543..478C. doi:10.1038/543478a. PMID 28332538 .
- ^ “EHT Status Update, December 15 2017” (英語). eventhorizontelescope.org. 2018年2月9日閲覧。
- ^ Mearian, Lucas (2015年8月18日). “Massive telescope array aims for black hole, gets gusher of data”. Computer World 2019年4月7日閲覧。
- ^ “これがブラックホールの姿! 史上初、撮影に成功”. AFPBB (2019年4月10日). 2019年4月11日閲覧。
- ^ ““ブラックホールはこれだ”人類史上初の撮影に成功 九大研究者も興奮「次の段階に進める」 福岡市”. FNN. (2019年4月11日) 2019年4月11日閲覧。
- ^ a b c d "史上初、ブラックホールの撮影に成功 - 地球サイズの電波望遠鏡で、楕円銀河M87に潜む巨大ブラックホールに迫る" (Press release). 国立天文台. 10 April 2019. 2019年4月10日閲覧。
- ^ a b c 秋山和徳; 本間希樹 (2018-06). “Event Horizon Telescopeによる超大質量ブラックホールの事象の地平面スケールの観測”. 天文月報 (日本天文学会) 111 (6): 358-367. ISSN 03742466.
- ^ “The Event Horizon Telescope and Global mm-VLBI Array on the Earth”. www.eso.org. 2019年4月11日閲覧。
- ^ “Affiliated Institutes”. Event Horizon Telescope. 2019年4月7日閲覧。
参考文献
- Non-technical: The Black Hole at the Center of Our Galaxy (2001), Fulvio Melia (Princeton University Press), ISBN 0691095051
- Technical: The Galactic Supermassive Black Hole (2008), Fulvio Melia (Princeton University Press), ASIN B008VQXCN2
外部リンク
- Event Horizon Telescope official website
- Peering into a Black Hole, New York Times video 2015