放送禁止
放送禁止(ほうそうきんし)
ここでは放送事業者が、その放送内容のすべてもしくはその一部の放送を禁止する・あるいは禁止されるに至らないように定められた行為について述べる。
なお、公権力による放送事業者に対する放送(事業)そのものの禁止ないし制限(停波命令、免許の取り消しないし停止など)はここでは含まない。
概要
言論・表現の自由が認められていない、あるいは制限されている国においては、その政府が法令などを定め、検閲などにより特定の内容を含む番組などのすべてもしくは一部について禁止することがあるが、言論・表現の自由が認められている国においては、おおむね各放送事業者の自主的判断(自主規制)により、番組などのすべてもしくはその一部について、その放送を禁止する。
日本では、戦前の放送事業開始時は、逓信省が微細かつ裁量的な放送禁止事項を定め、事前検閲を経た放送を行っていた。戦後は公権力による検閲を禁じた日本国憲法第21条のもと、放送法5条に基づき、各放送事業者が、自主的に制定する放送コードである「番組基準」に従い、放送を行なっている[1]。
表現の自由と放送禁止
放送は、番組の種別に関わらず報道機能を持ったマスメディアであり、なおかつ聴覚・視覚による同時性・臨場性があることから、出版(新聞や雑誌)等のほかのメディアに比べ、受け手に与えるインパクトがはるかに強く、社会的影響力が大きい。また、放送事業は出版メディアと異なり、免許制度(日本の場合無線局免許状)に基づいて行われており、有限・希少な「国民の共有財産」である電波という資源を利用している。これらの特徴から、放送は公共性が相対的に極めて高いメディアであり、その内容において何らかの規制が必要であるという考え方が生まれた[2]。
公共性のためには中立性が求められる。しかし、そもそも人の表現とは思想・思考に基づく以上、ある特定の指向を持っているものであり、厳密に中立を保つことは困難である。その一方で、表現の自由は広く保障されなければならない。ただし、社会に生きる人のあいだには、しばしば利害関係が生じ、自由に対する責任の関係が成立する。すなわち、大衆(マス)を対象とする放送で、すべてを個人の裁量のまま自由に表現する場合、やがてある他者の人権と衝突する事態を招く。これが法的責任に至った場合、表現者は公権力によって一定の制限を受けることになる。このことが放任されると、ひいては公権力による自由の侵害を招きかねない。表現の自主規制とは、それを回避するため、あらかじめ「表現者の責任」としての倫理基準を自律的に定め、自由を保つという考え方に基づいたものである[2]。
なお、「放送の責任」として、どのような基準で何を規制対象とするのかについては、当然、議論の絶えないものとなる。多くの国における基準および対象は、「公序良俗に反するもの」という、きわめて広い概念である[3]。
イギリスで1962年に出された、ピルキントン委員会報告書にある「よいテレビ放送の三大要素」の指摘が、同国の放送業界で「今なお妥当性を失わない見識」として位置づけられている。
- 番組の企画と内容は可能なかぎり広い範囲の題材の中から選択するという大衆の権利を尊重するものでなければならない。
- 題材のこの広い範囲のあらゆる部分で質の高いアプローチとプレゼンテーションがなされなければならない。
- これは何よりも重要なことであるが、テレビという強力なメディアに従事する人々はテレビには価値や道徳規準に影響を及ぼす力があり、また、すべての人びとの生活を豊かにする能力があることを十分意識しなければならない。放送事業者は、大衆のさなざまな好みや態度に注意を払い、それらを知っていなければならない。同時に、それらを変化させ成長させていく力があることを自覚し、その意味で指針を大衆に示すようにしなければならない。
類似の社会環境である日本の放送業界でも、この見識を前提に、自主規制のための細かな基準を各放送局(「よいテレビ放送の三大要素」ではあるが、ラジオでも)が独自に定め、放送の可否を独自に判断している。
放送禁止の対象
言論・表現の自由が認められている国において放送禁止の対象となるものは、おおむね社会通念に反する行為あるいは犯罪を肯定するような事項である。
言論・表現の自由が認められていない、あるいは制限されている国(多くの場合、絶対的な国家元首が存在する)においては、その国の王族・国家体制・元首・政治家などに対して礼を失した言葉や表現、侮蔑、批判も対象とされる。
後述の日本と同様に言論、表現の自由を認めているドイツでは、ナチズムのプロパガンダおよびこれに類する行為が刑法(第130条「民衆扇動罪」)により禁じられていることから、自主規制に加えて処罰の対象となる正式な「放送禁止用語」や「放送禁止表現」が存在する。国家社会主義ドイツ労働者党(Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei)を肯定的に扱ういくつかの言葉や表現で、特に同党のハーケンクロイツ(Hakenkreuz)(鉤十字)や、いくつかのシンボルに対する規制は厳しいが、近年になって、反ナチズムの高揚を目的とし「同党を明確に犯罪団体として侮蔑的(否定的)に扱う」ことを条件に、やや規制が緩和されている。なお、刑法により禁じられていることから、この規制は放送のみならず、出版、インターネットなども広く対象となっている。独語版ウィキペディア『de:Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei』での鉤十字の扱いなどを参照されたい。
日本における放送禁止の対象
日本では、日本放送協会(NHK)および民間放送(民放)の各局における番組基準などにおいて、以下のようなものが禁止されている。
- 電波法に定められているもの
- 個人情報の保護に関する法律に定められているもの
- 個人情報が特定される(恐れのある)もの(50条3項) - 放送内容上必要のない個人情報その他を含む映像・コメントなど
- 差別を助長する(恐れのある)言葉や表現
- 暴力や犯罪を肯定的に扱う言葉や表現
どの局の番組基準も基本となる部分に変わりはなく、放送禁止は同様に行われているが、若干の差がある。
例えば、企業名・商品名(商標)の取り扱いにおいてその差が大きい。
なお、事件・事故・リコールを伝える報道番組などは例外で、特に消費者を保護する必要がある場合に限り、NHKも企業名と商品名を正確に報道する。
放送禁止対象の経年変化
放送禁止の対象となるものは、法改正のみならず世論動向などにより時代とともに変化していくため、古い番組内容の再放送の際、問題になる。コメントについては該当する部分を消すといった処置が行われる。その一方で、犯罪を肯定・助長しないものであれば、放送前にあらかじめ「作品のオリジナリティを重視する」旨の断りを入れて、オリジナルのまま放送することもある。
- 過去[7]、法規制のなかった時代に撮影された映画やドラマ等において、シートベルト、ヘルメットなどを着用していない状態で乗り物を運転する場面。
- 2005年ごろから、番組制作・放送の可否は放送局判断よりも視聴者意見によるところが大きくなり、各放送局ともに「問題となりそうな部分ははじめから避ける=ことなかれ主義」傾向があり、放送上の規範逸脱表現はあたりさわりのない範囲にとどめざるを得なくなっている[要出典]。
- 2008年、NHKは「放送可能用語」を公開した。詳しくは放送禁止用語を参照のこと。
脚注
- ^ 日本民間放送連盟編『放送ハンドブック:文化をになう民放の業務知識』東洋経済新報社 1992年3月16日(原著1991年5月23日)、第4刷(ISBN 4492760857)pp.77-78他
- ^ a b 『放送ハンドブック:文化をになう民放の業務知識』第4刷 pp.3-5他
- ^ 『放送ハンドブック:文化をになう民放の業務知識』第4刷 pp.91-92他
- ^ 「民放連 放送基準解説書2014」(一般社団法人日本民間放送連盟発行、2014年9月)
- ^ 事前に自主規制され、制作の際に描写がされなかった例を挙げる。エスパー魔美(藤子・F・不二雄)の「ずっこけお正月」では、中学生である魔美の間違い飲酒が重要な要素となるため、テレビアニメ化されていない。また、『苺ましまろ』では主人公が16歳の高校生であるにもかかわらず飲酒していることに加え、喫煙までしていることから、テレビアニメや、アニメを原作としたゲームでは、21歳の短大生に設定が変更されている。
- ^ 「テトラポッド」は日本テトラポッド(のちの株式会社テトラ、現不動テトラ)の登録商標。
- ^ 日本では、1985年施行の改正道路交通法により自動車高速道・自動車専用道において前席(運転席・助手席)でのシートベルト着用が、罰則付きで義務付けられた(一般自動車道については1992年11月1日から)。また、1986年施行の改正道路交通法により、原付一種(50cc)を含む、全てのバイクの運転でヘルメットの着用が義務化された。
- ^ 仮面ライダードライブのように、諸事情で私有地を使用した例はある。
- ^ 日本民間放送連盟編『放送ハンドブック改訂版』日経BP社、2007年4月7日(原著2007年4月7日)、第1刷(ISBN 978-4-8222-9194-5)「放送倫理」編[要ページ番号]。
関連項目
外部リンク
- 日本放送協会番組基準 日本放送協会
- 日本民間放送連盟 放送基準 日本民間放送連盟
- 2008年 NHK新放送ガイドライン 日本放送協会[リンク切れ]
- 山口真也、伊佐常利『表現の自由「放送が禁止された歌」』 沖縄国際大学[リンク切れ]