コンテンツにスキップ

読谷山洋司

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。2400:4152:7b40:5800:20ff:15f7:324:e1b6 (会話) による 2021年11月5日 (金) 23:14個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (→‎市政)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

読谷山 洋司
よみやま ようじ
生年月日 (1964-02-20) 1964年2月20日(60歳)
出生地 宮崎県延岡市緑ケ丘
出身校 東京大学経済学部
所属政党 無所属
公式サイト よみやま(読谷山)洋司 公式サイト

延岡市旗 第27代 延岡市長
当選回数 1回
在任期間 2018年2月6日 - 現職
テンプレートを表示

読谷山 洋司(よみやま ようじ、1964年2月20日 - )は、日本政治家総務官僚宮崎県延岡市長(1期)。

経歴

宮崎県延岡市緑ケ丘生まれ。延岡市立緑ヶ丘小学校卒業。延岡市立南中学校3年生の時に、父親の転勤で東京都へ転居。芝高等学校卒業。1986年(昭和61年)3月、東京大学経済学部卒業。同年4月、自治省に入省[1]

2005年(平成17年)、愛媛県総務部長に就任。2008年(平成20年)、内閣府参事官及び内閣官房内閣参事官に就任。2010年(平成22年)、岡山市副市長に就任。

2012年(平成24年)1月、岡山市副市長及び総務省を辞職し、延岡市に帰郷。行政書士として県民の相談に応じるほか事業者の支援などを行う[2]。2015年(平成27年)、長崎県立大学経済学部教授に就任。

2016年(平成28年)、第24回参議院議員通常選挙宮崎県選挙区に向けた自民党県連の候補予定者の公募に2度応募するも選ばれなかった[3]。同年7月の参院選に民進党社民党の推薦を受けて無所属で出馬し落選。

2017年(平成29年)1月27日、翌年に任期満了する延岡市長選挙に立候補する意向を表明[3]

2018年(平成30年)1月28日に行われた延岡市長選挙で、前職の首藤正治市長の事実上の後継指名を受けた元県職員の永山英也を567票差で破り初当選を果たした。永山は自民党延岡支部・公明党民進党連合宮崎など500超の団体の推薦を集めて組織戦を展開し、盤石の布陣で臨んだが及ばなかった[4][5]。2月26日、市長就任。選挙の結果は以下のとおり。

※当日有権者数:104,500人 最終投票率:49.68%(前回比:pts)

候補者名年齢所属党派新旧別得票数得票率推薦・支持
読谷山洋司53無所属26,094票50.55%
永山英也60無所属25,527票49.45%(推薦)自民党延岡支部・公明党民進党連合宮崎

市政

2021.8.24延岡市がスマートシティに選定される。 採択を受けた提案内容 〇 内閣府「未来技術社会実装事業」

知力・体力・人間力を育む「世界一の子育て・教育のまち延岡」、行動パターン分析による交通網の最適化(マイカー卒業社会の実現)、「逃げ遅れゼロ」の避難対策構築、および行動変容・行動誘発に寄与する地域ポイント活用サービス等を推進する。

〇 国土交通省「スマートシティモデルプロジェクト」 住民の行動データ(ライフスタイルデータ)を取得し、人工知能による分析を行うことで、ライフパターンを解析し、シミュレーションにより最適な公共交通網の構築や交通手段(バス、自家用有償運送、乗合タクシー、シェアサイクル等)の検討、及びその効果を予測する。


  • 2021年(令和3年)3月25日、性的少数者(LGBTなど)の同性カップルが婚姻と同等の扱いを受けられる「パートナーシップ宣誓制度」を導入すると発表した。同制度は同年4月26日に導入[6]。延岡市は、同日から5月5日まで、市のシンボルと言われる延岡城跡城山公園三階櫓台石垣をレインボーカラーにライトアップした[7]

脚注

外部リンク