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佐藤誠 (野球)

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佐藤 誠さとう まこと1975年6月12日)は、福岡ソフトバンクホークスに在籍するプロ野球選手で、投手背番号31山形県に生まれる。生まれてすぐ北海道千歳市に移り、以後そこで成長する。

概要

93年はチームをベスト4に導き、その年のドラフト5位で読売ジャイアンツに入団。 背番号は69で、登録名は「佐藤 充」(読みは本名と同じ)。

  • 98年に背番号を57に変更。
  • 巨人時代は登板機会にめぐまれず、6年間で登板はわずか4試合。この時期覚えたシュートが、後に活躍のきっかけとなる。

02年途中から中継ぎに定着し、まずまずの成績を残している。同年オフ、登録名を本名の「佐藤 誠」に戻す。

  • 2003年日本シリーズに出場し2/3回を無得点に抑えた。巨人時代に覚えたシュートを駆使して活躍する。
  • 2004年、柴原 洋選手が背番号1に変更したため、空き番となった背番号31に変更する。

略歴

  • 出身地・北海道
  • 投打・右投げ右打ち
  • 身長/体重・182cm/90kg
  • 血液型・A型
  • ドラフト年(順位)・1993年(5位)
  • 経歴・駒大岩見沢高(甲)-巨人
  • 背番号・69→57→63→31

初記録

この試合は、21-11という打ち合いになった試合。試合時間4時間54分は、パリーグ9回終了試合としては、2006年現在で最長記録(プレーオフを除く)
9回裏三瀬幸司が投げたスライダーが、金本知憲の後頭部に当たってしまい危険球退場処分を受けてしまう。佐藤が緊急登板し、初セーブを獲得した。本人曰く『甲子園球場は2年前行った日本シリーズの雰囲気に感じた』。

エピソード

  • チームにとってピンチの場面で緊急登板することが多く、『ミスタースクランブル』というあまり有り難くない呼ばれ方をすることもある。
    • 2006年6月7日読売ジャイアンツとの交流戦、先発投手神内靖が乱調のため1回表14球3失点で1死もとらぬまま降板となり、佐藤がまたも緊急登板。4イニングを投げ無失点に抑え勝利投手となり、プロ野球人生初のお立ち台に上がった。その時のヒーローインタビュー『最近はこういう(急な)ことが多いので、緊張もせずに普通に投げられました』。

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