河豚の卵巣の糠漬け
河豚の卵巣の糠漬け(ふぐのらんそうのぬかづけ)は、テトロドトキシンという猛毒が含まれているフグの卵巣を3年間塩漬けと糠漬けにした石川県の郷土料理[1]。解毒される仕組みが不明のため、伝統的な製造方法が守られている[1]。
河豚の子糠漬け(ふぐのこぬかづけ)とも呼ばれる。
概要
フグの卵巣には、肝などと同様に致死性の高い毒素であるテトロドトキシンが多く含まれているため、そのままでは食用にはできない。
しかし、石川県白山市美川地域、金沢市金石、大野地区では、卵巣を2年以上にもわたって塩漬けおよび糠漬けにすることで、解毒させ、珍味として販売している。なお、新潟県佐渡市には河豚の卵巣の粕漬け、福井県高浜町に塩や酒かすに漬け込んで毒を抜いた珍味「福のこ」という似た料理がある。食品衛生法により食用が基本的に禁止されている卵巣を、この加工法で食品として製造しているのは、日本全国でこれらの地域のみである。
一般的な魚卵に比べて塩漬期間が長いため、塩気が強いのが特徴。味は濃厚で、米飯と共に食べたり、酒の肴として珍重されている。また、強い塩気を活かしてお茶漬けやパスタなど料理の味付けに活用されることもある。
製法
5月から6月にかけて日本海沿岸で獲れたゴマフグを解体し、取り出した卵巣を1000リットルタンクに漬け込む。この際に約30%もの食塩を加えるため、内部の水分が外に出て卵巣が固くなる。塩蔵は1-1.5年間かけて行なわれ、それが終わると水洗いして表面の塩を除いた後に糠、米麹、唐辛子とともに一斗樽に漬けられる。この糠漬けの工程では石の重しなどで木の蓋を押さえて空気に触れないようにし、イワシから作ったいしるが縁から注ぎ込まれる。
半年ないし1年ほど糠漬けされた卵巣は、採取してハツカネズミに食べさせ、テトロドトキシンの含有量を調査した後、出荷される。石川県の要項では、基準値は1グラムあたり10マウスユニット以下になっている。また、糠漬けの後にさらに酒粕に1ヶ月漬け込むと河豚の子粕漬けとなる。
解毒の仕組み
卵巣がいかなる要因で解毒されるのかについては諸説あり、未だ不明な点が多い。
卵巣を塩漬けにする際、塩析効果で脂質が分離し水分とともに外部に析出するが、このとき毒素が希釈されるのではないかと考えられている。塩析効果は糠漬けの時期にも続き、テトロドトキシンの量は塩蔵時に原料の5分の1、糠蔵時に30分の1にまで低下する[2]。
かつて、糠に含まれるある種の酵素が発酵する際に毒素を分解するのではないかという説が提唱されていたが、卵巣の糠漬けから採集された200種類以上の細菌からはいずれもテトロドトキシンの分解能が確認されなかったうえ、細菌の培地に糠漬けを接種しても毒量は変化しなかったとの研究結果があり、減毒効果が微生物のはたらきによるものである可能性はきわめて低い[3][4]。
製造の資格免許
河豚の卵巣の糠漬けの製造は、ふぐ加工に関する資格免許を持つ業者にのみ許されており、出来上がった糠漬けは、石川県予防医学協会による毒性検査を受け、毒素が消失したことを確認した後に出荷されている。
2005年3月、輪島市の朝市で購入した河豚の卵巣の糠漬けによる食中毒事件があったが、原因となった糠漬けの加工業者は無免許で、漬け込みも1年半しか行っていなかったことが判明した[5]。
関連項目
脚注
- ^ a b “石川県に伝わる、幻の珍味。「ふぐの子糠漬け(卵巣の糠漬け)」を食べてみた”. 三越伊勢丹の食メディア | FOODIE(フーディー) (2015年5月25日). 2022年6月15日閲覧。
- ^ 板垣、P.1416
- ^ 藤井建夫『伝統食品・食文化in金沢』幸書房、P.1、1996年
- ^ フグ卵巣ぬか漬けの微生物によるフグ毒分解の検討日本水産学会誌 69(5) pp.782-786, 853 20030915 社団法人日本水産学会
- ^ ふぐの子糠漬(ぬかづけ)の安全性について
参考文献
- 板垣英治「フグの子糠漬け」『化学と工業』日本化学会、58巻12号、P.1415-1418、2005年
外部リンク
- “奇跡の毒抜き 〜ふぐの卵巣の糠漬けに見るいしかわの発酵文化〜”. 2018年11月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年3月3日閲覧。 - 石川新情報書府