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ノルマ

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ノルマロシア語: Норма, ラテン文字転写Norma)とは、ソビエト連邦で社会主義企業において労働者に課せられる標準作業量を指す[1]。ソ連労働法では、労働ノルマのうち、時間ノルマ、および生産高ノルマを指す[2][3]

第二次大戦後、ソビエト連邦シベリアに抑留されていた抑留者たちが日本に伝えた[1]。その後、日本では、個人や団体に対して国家や組織が強制的に割り当てた労働の目標量を指す、一般的なビジネス用語となった[4][5][6][7]

ソ連におけるノルマ

ロシア語のНорма(ノールマ)の意味は、(a)規準量、規定量、(b)標準労働[作業]量、(c)平均量,標準量 (d) 比率,割合、また、正常な状態、標準、基準、規範、規定である[8]

ソビエト連邦共産党ニコライ・ブハーリンは、労働義務の導入を主張して、各人は専門や能力に応じて労働者として登録され、適切な職場に派遣され、労働者各人は義務を自覚した巨大な労働軍団を形成すると主張した[9]。他方で、労働における粗漏や虚偽申告は「労働者階級自身に対する犯罪」とされ、ノルマに達しない「怠業者」は、「社会主義秩序の破壊者」「共産主義への道の妨害者」であるとされた[9]。そして実際にソ連は強制労働収容所を設置し、体制の敵とみなされた人々を拘束し、強制労働に従事させた[10]

1918年4月3日、全ロシア労組中央評議会(全ソ労働組合中央評議会)が「労働規律規定」を採択し、ノルマは賃金と結び付けられ、労働規律を高めると考えられた[3]1921年11月14日、全ロシア労組中央評議会は、工場管理部に従属する賃率ノルマビューローを設置し、ノルマ設定権が与えられた[3]1922年、評価紛争委員会という企業労使協議機関に、ノルマの審査と承認の事前承認権が与えられたが、1933年には廃止された[3]。ノルマ管理機関はこのような経緯を辿ったが、強制収容所や、戦争捕虜、特に日本人捕虜に対するいわゆるシベリア抑留でも、ノルマ制は存在した。

ロシアではノルマに関連した言葉として、「意図的なノルマのごまかし」という意味の「トゥフター(туфта)」というロシア語の単語がある。ソビエト社会主義政権下ではノルマに対するトゥフターが日常的に行なわれていた。それが計画経済運営の見通しを誤らせ、ソビエトが崩壊する原因の一つにもなっている。

シベリア抑留におけるノルマ

第2次大戦後、ソ連軍によって日本軍捕虜約64万人が、シベリアなどソ連領地内へ強制連行され、強制収容所ラーゲリ)で鉄道建設、炭坑・鉱山労働、土木建築、農作業などの強制労働を強いられた[11][12]満州開拓団満州の官吏、南満州鉄道株式会社や新聞社の職員、従軍看護婦などの民間人も抑留され、約3万人の朝鮮・中国人も含む[12]

なお、戦争捕虜としては、日本人以外にも、ドイツ人、ハンガリー人、ルーマニア人、オーストリア人、チェコスロバキア人、ポーランド人、イタリア人、フランス人、中国人、ユダヤ人、朝鮮人、オランダ人などの捕虜合計24ヵ国、合計417万2042人が1941年6月から1945年9月までの間にソ連に抑留された[13]

ソ連では、あらゆる種類の労働にノルマが設定されており、ノルマ一覧表は日本の電話帳数十冊分になった[13]。職場には、ノルマを計算管理するノルミローフシチクが常駐し、監視にあたった[13]

ノルマは原則として個人単位だが、集団にも課せられた。集団労働の場合は、作業班長にノルマ責任が課せられた[13]。班長は、ノルマ達成のため、自班の捕虜を酷使し、労働時間も8時間を超え、9時間にも10時間にも及ぶこともあった[13]

体力におとる日本人がノルマ達成できる職種は大工、左官、旋盤工などの技能労働に限られ、多くの肉体労働は、給養費を自弁できるだけの賃金を稼ぐことはできず、大部分は、賃金支払いを受けることはなかった[13]。どれほど労働が過酷でも、日本人捕虜に労働を拒否する権利も自由も認められなかった[13]。ソ連では、サボタージュ(怠業)は政治犯罪とされたので、20分以上の怠業は、容赦無く裁判にかけられた[13]

強制収容所の環境は過酷で、気温マイナス30を下回り、衛生環境や食料事情も悪く、身体中にノミシラミが湧いたり、赤痢コレラといった伝染病や、飢えによっておよそ6万2000人[11][12]〜7万人が死亡した[13]。1956年頃までにはほとんどが帰国したが、行方不明者も多い[12]

たとえば、煉瓦工場のある203収容所では、日曜休日もない、24時間3交代制のフル運転ノルマで、8時間の作業時間のノルマは1万個以上だったが、7600個が限界であった[14]

ソ連での抑留者たちが「ノルマ」というロシア語を日本に伝えた[1]

日本におけるノルマ

会社の売上を一定以上確保する、特定の日までに一定量を製造・生産する、競合他社との競争に勝つ、などといった目的を達成するために、経営者などが労働者にノルマを課す。労働者にノルマを達成させる意欲を高めさせるために、労働者に対しノルマ達成のインセンティブ(報奨金、昇進、昇給、海外旅行など高額商品の授与)を用意し、未達成の場合はペナルティ(粛清、暗殺、逮捕、解雇、減給、左遷、暴力・暴言など)を与える場合もある。

法律上のノルマ

労働契約を結ぶことによって課される労働者義務は「労働に従事すること」(民法 第623条)と、労働力の提供だけに限定されており、「結果を出すこと」は義務ではない。結果を出す義務は組織の経営戦略を決定し労働者を取り仕切る取締役管理監督者などにある。

ノルマ未達成でペナルティを課すことについて、賃金が減額される場合労働基準法第16条違反の違法行為であり。ペナルティが設定された契約条項は無効となり、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられる(労働基準法 第119条第1号)。『みせしめ』としての側面が強いなど合理性のある措置とは言えず、その程度がひどければ違法性を帯びて慰謝料の支払義務が発生する余地もありえる民法上の不法行為となる[15]。違法な営業活動や自爆営業を暗に示すなど、場合によっては、「害を加える旨を告知して脅迫暴行を用いて、人に義務のないことを行わせる」強要罪刑法第223条)に該当する[16][17]

勤務中に立ち寄った場所で営業活動するに当たっても特定商取引に関する法律が適用される。業務上知り得た個人情報を利用目的以外の営業などに転用する行為は個人情報の保護に関する法律に違反する[18][19]

会社に指定された勤務時間外に営業活動を行う場合であっても、営業ノルマがきつい場合などで所定労働時間を超えて労働することが通常必要な場合は労働基準法に定められた勤務時間みなし労働時間制#事業場外労働(労働基準法 38条)に該当する場合もある[20][21]

問題になった企業の過重ノルマ

東芝では「チャレンジ」と称した、過大なノルマによる経営戦略を据えたことが、粉飾決算の原因となった[22][23]。カンパニーごとに定められたノルマは部、課、そして個人へと割り振られ、東芝社内の各所で「パワハラ会議」が横行し、利益の水増しが続けられていった[22]。東芝の株主から株主代表訴訟を起こされる事態となった。

日本郵政グループにおいても「苛烈なノルマ」が問題となった。旧郵政公社時代から続いているとされる記念切手やカタログ商品などの「自爆営業」、「年賀はがきの販売個人ノルマ達成の為に自分で使用する分以上を購入し余剰分を遠方の金券ショップで売却」という行為が横行し管理者もその行為を強要していた。年賀はがきの販売成績が低い班や職員が朝礼で並ばされ、改善策のスピーチを求められたり、『私は年賀はがきを持っています』と書かれたたすきを着用することを強要されたこともあった[15]。年賀はがきの自爆営業や金券ショップ売却が問題になった2013年から日本郵便では管理者や上司による強要や金券ショップの転売を禁止し、2018年からはさらに社員の年賀状の個人販売目標を廃止するようにはなっている[要出典]。しかし、2019年にも一部郵便局で物販ノルマが残り、「自爆営業」も後を絶たないと報じられた[24]

  • 2019年にかんぽ生命保険とその個人チャネルである日本郵便の高齢者を狙った不正な契約の付け替え行為。またゆうちょ銀行や同様に日本郵便でもリスクの高い投資信託を貯金と錯覚させるような不正な営業行為を行なっていたことも判明。いずれも社員や部署でノルマ達成のために違法な契約や営業行為に走らざるを得なくなったという。
  • さいたま新都心郵便局年賀はがきを7000〜8000枚売る「達成困難なノルマ」が課されていたことが原因で男性職員が2010年に自殺した件で、埼玉労働局2020年3月31日付で労働災害を認定した[25]

公的機関の「ノルマ」

「ノルマ」は営業のないイメージがある公的機関でも存在する。

日本の警察では、交通違反の取り締まりや職務質問などでの被疑者検挙の総数に『ノルマ』があり、検挙実績を上げて見せる為の不正が、しばしば問題となる(警察不祥事を参照)。

アメリカ軍では「リクルーター」(募兵官)が、ノルマ達成のため貧困層、落ちこぼれの青少年ばかりを「狙い撃ち」にする採用姿勢が、以前から社会問題化した[26]イラク戦争中の2005年には、高等学校中退者に「卒業証明など偽造で十分、分かりゃしない」と吹き込んで、軍隊に志願させていたことが明らかになっている(のちに18歳以上で同等の学力があれば、学歴不問で志願が可能になった)。自衛隊でも広報官には目標数ノルマがあり、入隊志望者が少なかった時代には様々な手段で募集活動を行っていた。

また日本の自治体においてふるさと納税がノルマ化されている自治体あり、市長や幹部職員に「ノルマ」を設け幹部職員や末端の職員が「自爆営業」のような納税を強制しているところもあるという。

宗教・思想の「ノルマ」

宗教、思想(主に政党・政治団体)といった特殊な思考で形作られた組織ではその性質上常に量的拡大を志向し新人活動家獲得、自派宣伝などの活動に一種のノルマを課す例が多い。また、1990年代に猛威を振るった自己啓発セミナーにおいても、受講生に「モチベート実習」「エンロール実習」と称して勧誘をさせ、当然ノルマも存在する。

これらのノルマは組織引き締めに一定の効果を持つが逆に「信心、思想をやりたかったのにこう地味な活動ばかりではつまらない」と成員がより過激な別の宗教分派・党派に移ってしまう弊害(カルトサーフィン)も生じることがある。

脚注

  1. ^ a b c ノルマ』 - コトバンク
  2. ^ 1971年ソ連労働法、第7章
  3. ^ a b c d 加藤志津子「ソ連における 「科学的管理」の導入  一 ノルマ設定の問題を中心 として 一」経営論集35(2),1987,p119-140.明治大学経営学研究所
  4. ^ 「ノルマ」と「目標」の違いは? ノルマを設ける際の注意点も解説」マイナビニュース2021/06/17 10:45
  5. ^ 島 久洋「ノルマ設定に及ぼすリーダーの対人認知様式の効果」教育・社会心理学研究 8 (1), 87-103, 1968,日本グループ・ダイナミックス学会
  6. ^ 税理士・会計士の証言 厳しいノルマと強烈コンプラに押しつぶされる悲鳴と絶望」エコノミストオンライン2022年2月14日
  7. ^ 楽天社員に割り振られた紹介コード 携帯契約の獲得「実質ノルマだ」朝日新聞2023年2月20日 5時00分
  8. ^ норма』 - コトバンク;プログレッシブ ロシア語辞典(露和編
  9. ^ a b ケルゼン 1976, p. 115-117.
  10. ^ 横手慎二「シベリア抑留の起源」慶応義塾大学、法学研究vol.83,no.12,2010年、p29-56.
  11. ^ a b シベリア抑留舞鶴引揚記念館 2023年3月26日閲覧
  12. ^ a b c d [シベリア抑留』 - コトバンク
  13. ^ a b c d e f g h i 白井久也国際法から見た日本捕虜のシベリア抑留」ロシア東欧学会年報1994 年 1994 巻 23 号 p. 33-42
  14. ^ 労苦体験手記 シベリア強制抑留者が語り継ぐ労苦(抑留編) 第1巻,平和祈念展示資料館,「煉瓦づくり超ノルマ」,p.105-107.
  15. ^ a b 「自爆営業」を助長させられている? 「ノルマ未達成」へのペナルティは許されるのか|弁護士ドットコムニュース
  16. ^ 法律違反の危険がある、バイトの「自腹」「罰金」4パターン ~ネット炎上だけでは済まない!~ | 専門家コラム | アルバイト採用・育成に役立つ人材市場レポート「an report」
  17. ^ 第223条 生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、3年以下の懲役に処する。
  18. ^ 年賀状の「違法販売」続出!?特商法改正で日本郵政迷走|inside|ダイヤモンド・オンライン
  19. ^ 個人情報保護法に関するよくある疑問と回答 | 消費者庁
  20. ^ 労務トラブルQ&A ~ 労働時間・残業・休憩トラブル編 ~
  21. ^ みなし労働時間制とは?
  22. ^ a b 東芝粉飾決算「利益水増し」なぜできたのか日経ビジネス2016.7.22
  23. ^ 小笠原啓「東芝 粉飾の原点 内部告発が暴いた闇」日経BP・2016
  24. ^ 郵便局、残る物販ノルマ 目安額・計画値が圧力、自爆営業も朝日新聞2019年10月23日 5時00分
  25. ^ 郵便局員自殺で労災認定 年賀はがき数千枚「達成困難なノルマ」毎日新聞 2020/4/1 19:54
  26. ^ この様子はリクルーター本人の同意も得た上で、マイケル・ムーア監督作品「華氏911」で取上げられた

参考文献

  • ケルゼン, ハンス 長尾龍一訳 (1976), ケルゼン選集6 社会主義と国家, 木鐸社 
  • 加藤志津子「ソ連における 「科学的管理」の導入  一 ノルマ設定の問題を中心 として 一」経営論集35(2),1987,p119-140.明治大学経営学研究所
  • 白井久也国際法から見た日本捕虜のシベリア抑留」ロシア東欧学会年報1994 年 1994 巻 23 号 p. 33-42
  • 横手慎二「シベリア抑留の起源」慶応義塾大学、法学研究vol.83,no.12,2010年、p29-56.
  • Lewis H. Siegelbaum, Soviet Norm Determination in Theory and Practice, Soviet Studies, vol.36,no.1,1984.

関連項目