コンテンツにスキップ

雲仙市立八斗木小学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
雲仙市立八斗木小学校
地図北緯32度50分10秒 東経130度17分24秒 / 北緯32.836028度 東経130.289972度 / 32.836028; 130.289972座標: 北緯32度50分10秒 東経130度17分24秒 / 北緯32.836028度 東経130.289972度 / 32.836028; 130.289972
過去の名称
第五大学区第三中学区裁生小学校
第五大学区第二中学区裁生小学校
南高来郡島原部裁生小学校
土黒部公立八斗木小学校
土黒部公立初等八斗木小学校
簡易八斗木小学校
土黒尋常小学校
八斗木尋常小学校
土黒村八斗木国民学校
土黒村立八斗木小学校
国見町立八斗木小学校
国公私立の別 公立学校
設置者 雲仙市
校訓 強く 正しく 明るく
設立年月日 1876年(明治9年)1月
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
学校コード B142210001722 ウィキデータを編集
所在地 859-1317
長崎県雲仙市国見町土黒庚337番地
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
テンプレートを表示

雲仙市立八斗木小学校(うんぜんしりつ はっとしょうがっこう)は、長崎県雲仙市国見町土黒庚(ひじくろこう)にある公立小学校。略称は「八小」(はちしょう)。

概要

[編集]
歴史
1876年明治9年)に土黒村に創立された「裁生小学校」を前身とする。2011年平成23年)に創立135周年を迎えた。
校訓
「強く、正しく、明るく」
学校教育目標
「目標を持って進んで学び、温かい心で助け合い、心身ともに健康でたくましく生きる児童を育てる」
校章
の花弁を背景にして、中央に校名の「八小」(縦書き)を置いている。
校歌
1916年大正5年)に制定。作詞は山内益夫(元校長)、作曲は原格太郎(長崎師範学校教諭)による。歌詞は3番まであり、2番に校名の「八斗木校」が登場する。
校区
雲仙市国見地区(旧・国見町)の「魚洗川、百花台、小ヶ倉、八斗木」。中学校区は雲仙市立国見中学校

沿革

[編集]
  • 1876年(明治9年)1月 - 高来郡土黒村庚419番に「第五中学区 第三中学区[1] 裁生小学校」(さいせい)が創立される。
  • 1877年(明治10年)6月4日 - 学区改定により、「第五大学区 第二中学区[2]裁生小学校」に改称。
  • 1878年(明治11年)
    • 4月 - 郡制の施行により南高来郡の管轄となる。
    • 12月24日 - 学区が改正され、「南高来郡島原部[3]裁生小学校」となる。
  • 1880年(明治13年)- 教育令の施行により、「土黒部 公立八斗木小学校」に改称。
  • 1882年(明治15年)- 教育令の改正により、中等科を設置の上「土黒部 公立初等八斗木小学校」に改称。
  • 1886年(明治19年)9月 - 小学校令の施行により、「簡易八斗木小学校」に改称(修業年限3年)。初代校長に白井修が就任。
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、土黒村立の小学校となる。
  • 1892年(明治25年)4月1日 - 小学校令の改正により、「八斗木尋常小学校」に改称。
  • 1895年(明治28年)2月 - 校舎を土黒庚411番地に移転。
  • 1908年(明治41年)4月1日 - 小学校令の改正により、義務教育年限(尋常科の修業年限)が4年から6年に延長されたため、尋常科5年を新設。
  • 1909年(明治42年)4月1日 - 尋常科6年を新設。
  • 1915年(大正4年)5月 - 現在地に移転。
  • 1930年(昭和5年)8月 - 校歌を制定。
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令の施行により、「土黒村八斗木国民学校」に改称。尋常科を初等科に改める(初等科6年)。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)が行われる。八斗木国民学校の初等科が改組され「土黒村立八斗木小学校」となる。
  • 1949年(昭和24年)4月 - 6学年すべて単式(6学級)となる。
  • 1950年(昭和25年)5月 - 校舎前に水路が完成。
  • 1951年(昭和26年)3月 - 校庭に植樹し「常春園」と命名。
  • 1952年(昭和27年)4月 - 校庭にキリツツジを植樹。
  • 1956年(昭和31年)
    • 1月 - 講堂と体育倉庫が完成。
    • 9月1日 - 土黒村と多以良村が合併し、国見町が発足。これにより「国見町立八斗木小学校」に改称。
  • 1957年(昭和32年)10月 - 観察池が完成。
  • 1959年(昭和34年)10月 - ブランコが設置される。
  • 1961年(昭和36年)4月 - 完全給食を開始。
  • 1963年(昭和38年)12月 - 全教室にストーブが設置される。
  • 1964年(昭和39年)2月 - 校旗を制定。
  • 1968年(昭和43年)4月 - 国見町立多比良小学校金山分校の閉校に伴い、校区が改定され魚洗川・百花台・小ヶ倉の児童を収容。
  • 1972年(昭和47年)
    • 3月 - 鉄筋コンクリート造2階建ての新校舎が完成。
    • 4月 - 旧校舎を解体。
  • 1973年(昭和48年)3月 - 校舎前に岩石園が完成。
  • 1974年(昭和49年)
  • 1976年(昭和51年)3月 - 創立100周年記念式典を挙行。
  • 1977年(昭和52年)
    • 4月 - 百葉箱を設置。
    • 8月 - 旧講堂などを解体。
  • 1978年(昭和53年)
    • 4月 - 体育館と給食室が完成。校門を新設。
    • 5月 - グランドピアノが寄贈される。
  • 1979年(昭和54年)
    • 4月 - 校訓板が運動場に設置される。
    • 5月 - 校門に門扉を設置。
  • 1980年(昭和55年)
    • 3月 - 二宮尊徳像の台座を移動。
    • 5月 - 体育館に校歌額が取り付けられる。
    • 6月 - 二宮尊徳像の除幕式を開催。
  • 1982年(昭和57年)4月 - 長崎県自然保護課よりインドクジャクを借り受けて飼育を開始。
  • 2005年(平成17年)10月11日 - 雲仙市の発足により、「雲仙市立八斗木小学校」(現校名)に改称。

交通アクセス

[編集]
最寄りの国道

周辺

[編集]
  • 八斗木保育園

脚注

[編集]
  1. ^ 長崎区が第一中学区、旧大村藩が第二中学区、旧島原藩が第三中学区、旧平戸藩が第四中学区、旧福江藩が第五中学区。壱岐と対馬は第四中学区に属する。
  2. ^ 長崎区が第一中学区、旧島原藩が第二中学区、旧大村藩が第三中学区、旧平戸藩が第四中学区、旧福江藩が第五中学区。
  3. ^ 第二中学区(南高来郡)は小浜部・隅田部・神代部・島原部の4部に分けられた。(参照:長崎県教育史上巻p.442 - 国立国会図書館 近代デジタルライブラリー)

参考文献

[編集]
  • 「国見町郷土誌」(1984年(昭和59年)3月30日, 国見町)p.881 -
  • 「国見町閉町記念誌 五十年のあゆみ」(2005年(平成17年)10月, 国見町役場企画情報課)
  • 「長崎県教育史(上巻)」(1942年(昭和17年)12月1日, 長崎県教育会)
  • 「長崎県教育史(下巻)」(1943年(昭和18年)9月25日, 長崎県教育会)
  • 「長崎県教育史 資料編」(1976年(昭和51年)11月1日, 長崎県教育委員会)
  • 「長崎新聞に見る 長崎県戦後50年史(1945~1995)」(1995年(平成7年)8月9日発行, 長崎新聞社)「国見町」

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]