コンテンツにスキップ

革新都政をつくる会

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
日本の政治団体
革新都政をつくる会
成立年月日 1982年8月13日
政治的思想・立場 革新
テンプレートを表示

革新都政をつくる会(かくしんとせいをつくるかい)は、東京都日本の政治団体地域政党)。1982年に結成。旧称「革新都政再建をめざす各界連絡会」、「ふたたび革新都政をめざす会」。1967年につくられた「明るい革新都政をつくる会」を前身とする。

「首都東京に革新都政を再建するための運動を行う」を掲げ、東京都知事選挙で革新候補を諸団体・個人と共同で推す共闘会議。現在、同会に参加している政党は日本共産党のみである。

沿革

[編集]
1967年4月、美濃部亮吉東京都知事選挙に初当選した。美濃部の支援団体である「明るい革新都政をつくる会」の選挙事務所[1]

日本社会党からの東京都知事選挙への出馬要請を断り続けていた美濃部亮吉は1967年2月25日、学士会館で幹部、総評幹部と会い、党からの要請をついに受諾した[2]。同年3月16日、美濃部の支援団体「明るい革新都政をつくる会」の結成総会が千代田区の九段会館で開かれた。代表委員に大内兵衛市川房枝海野普吉中野好夫松本清張柳田謙十郎の6人が選出された。会は、この6人を中心とした代表委員会で運営され、その下に参加団体から選ばれた19人で構成される幹事会を置き、さらにその下で社会党、共産党など各党が活動することが定められた。当時は画期的な試みだった[3]。代表委員はその後、佐々木更三野坂参三堀井利勝佐藤芳夫東山千栄子野上弥生子平塚らいてうが加わり計13人になった[4][5]。4月16日、開票が行われ、社会・共産推薦の美濃部が民社・自民推薦の松下正寿を小差で破り、東京都史上初めての革新都政が誕生した。

1979年の東京都知事選挙に美濃部は出馬せず引退。社会・共産2党は後継に総評議長の太田薫を擁立したが、太田は元東京都副知事(当時の知事は東龍太郎)の鈴木俊一に敗れ、都知事の座は保守陣営が奪還した。

1982年、再びの革新都政への転換を望む市民団体により、「明るい革新都政をつくる会」の歴史や伝統を継承した「革新都政再建をめざす各界連絡会」が結成された。さらに1987年に「ふたたび革新都政をめざす会」に改められた後、1998年11月、「革新都政をつくる会」に改称した。

現在56団体が加盟し、東京都豊島区南大塚の東京労働会館内に事務所を構えている[6]

歴代の推薦候補者

[編集]
都知事
選挙年
候補者名 年齢 所属
党派
新旧 推薦・支持党派 得票数 得票率 順位
(当落)
1967年
(昭和42年)
美濃部亮吉  63  無所属  新  社会党・共産党 2,200,389票   %  1位
(当選)
1971年
(昭和46年)
美濃部亮吉  67  無所属  現  社会党・共産党 3,615,299票   %  1位
(当選)
1975年
(昭和50年)
美濃部亮吉  71  無所属  現  社会党・共産党・公明党 2,688,566票   %  1位
(当選) 
1979年
(昭和54年)
太田薫  67  無所属  新  社会党・共産党 1,541,594票    %  2位
(落選)
1983年
(昭和58年)
松岡英夫 70  無所属  社会党・共産党  1,482,169票   %  2位
(落選)
1987年
(昭和62年)
畑田重夫 63  無所属  新   共産党 698,919票    %  3位
(落選)
1991年
(平成3年)
畑田重夫   67  無所属  新  共産党  421,775票   %  3位
(落選) 
1995年
(平成7年)
 
黒木三郎 73  無所属  新   共産党 284,387票     %  5位
(落選) 
1999年
(平成11年)
三上満  67  無所属  共産党   661,881票  12.11%  5位
(落選)
2003年
(平成15年)
 
(なし)[7]
2007年
(平成19年)
 
吉田万三   59  無所属  共産党    629,549票  11.43%  3位
(落選)
2011年
(平成23年)
小池晃 50 無所属 共産党 623,913票 4位
(落選)
2012年
(平成24年)
 
(なし)[8]             
2014年
(平成26年)
宇都宮健児
[9][10][11]
67 無所属 共産党・社民党新社会党
緑の党
982,594票 20.18% 2位
(落選)
2016年
(平成28年)
鳥越俊太郎[12][13] 76 無所属 共産党・社民党・新社会党
民進党生活の党・緑の党
生活者ネット
1,346,103票 20.56% 3位
(落選)
2020年
(令和2年)
宇都宮健児[14][11] 73 無所属 共産党・社民党・新社会党
緑の党・立憲民主党
844,151票 13.76% 2位
(落選)

脚注

[編集]
  1. ^ 『月刊社会党』1967年6月号、日本社会党中央本部機関紙局。
  2. ^ 『アサヒグラフ』1967年3月10日号、朝日新聞社、8-13頁。
  3. ^ 『朝日新聞』1967年3月17日付朝刊、15頁、「美濃部氏 後援団体の結成総会 政党の上に市民組織」。
  4. ^ 大内要三 (2012年11月22日). “美濃部革新都政への道をふりかえる”. 2023年9月26日閲覧。
  5. ^ 松田博. “統一戦線論の再構築が急務 清水慎三氏没後20年、胎動する新たな動き”. 現代の理論. 2023年9月26日閲覧。
  6. ^ 革新都政をつくる会 加盟団体(五十音順)
  7. ^ 本選挙では「つくる会」構成団体の一員である日本共産党が若林義春を党公認候補として擁立した(落選)。
  8. ^ 2012年東京都知事選挙では、「政策が一致している」などとして宇都宮健児を支持することを決め、独自候補擁立は見送った。
    「脱原発・護憲…宇都宮氏、知事選出馬を正式表明」読売新聞2012年11月9日
  9. ^ 革新都政をつくる会 宇都宮けんじ氏の支持を決定 2014年1月6日
  10. ^ 東京都知事選 23日告示 宇都宮氏が出馬の決意 しんぶん赤旗、2014年1月7日
  11. ^ a b 公職選挙法上の確認団体は革新都政をつくる会ではなく希望のまち東京をつくる会である。
  12. ^ 革新都政をつくる会が総決起集会 新しい東京へ心一つに/鳥越候補「改憲の流れ断ち切る」/都知事選しんぶん赤旗2016年7月20日
  13. ^ あなたに都政を取り戻す 住んでよし、働いてよし、環境によしの東京へ、一緒に変えよう!革新都政をつくる会
  14. ^ 都知事選 宇都宮氏を推薦18日告示革新都政の会が臨時総会しんぶん赤旗2020年6月9日

外部リンク

[編集]

座標: 北緯35度43分43.32秒 東経139度43分51.76秒 / 北緯35.7287000度 東経139.7310444度 / 35.7287000; 139.7310444